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2014年7月 3日 (木)

集団的自衛権の行使容認について

◆7月1日、政府・与党は憲法上の解釈変更により「集団的自衛権の限定的行使容認」を閣議決定した。現憲法施行後67年、「これにより時代が大きく変わる節目となった」とメディアは喧伝する。実は施行後僅か3年で憲法で禁止されているにも拘らず、軍隊ではないという解釈変更で自衛隊の元になる警察予備隊を設置した。時勢の変化があったからである。
今回の閣議決定に対して、「一内閣が国民の声を軽視して、憲法解釈を変えるとは立憲主義に真っ向から背くものである」、「これで戦争への道を切り開いた」、「子供達にあの不幸な戦争を再び押しつけるものである」などと批判。国会周辺のデモ活動は再び熱を帯びている。大方のメディアはこれらの意見や運動を大きく取上げ、批判することが一流の証であるかのように演じている。


◆この騒ぎを見て、幕末のペリー来航の黒船騒ぎを思い出した。もっとも筆者が生まれる僅か90年前のことで、覚えてはいないが(笑い)。米ペリー艦隊は210数年続いた鎖国体制の日本に対し、無理やり開国を迫った。長年の平和という眠りを覚まされた日本は、上を下への大騒ぎとなって、国論が二分された。即ち、「開国反対、鎖国(平和)維持派」と「新しい国際情勢の変化を受け入れ、積極的に開国し、西洋文明を取り入れ富国強兵を図るべきだ」という開国派の対立となった。最終的には明治維新となって鎖国維持派は敗退した

◆この図式は、「憲法解釈の変更に批判的で、一国平和主義であっても貫くべきだ」という勢力がかつての「開国反対・鎖国維持」派と重なり、「変化する国際情勢に対応して、憲法解釈変更で同盟諸国と協調して、防衛体制を築くべきだ」という政府与党の見解が、かつて開国を推進した幕府勢力とオーバーラップして見えて仕方がない。

◆日本国憲法は確かに恒久平和と基本的人権の尊重、自由と平等を謳った世界に誇る理想の憲法である。しかしこの憲法を世界中が理解し、採り入れ根付いていくのに何年、何百年かかるだろうか。いや、人間とは自我自欲に捉われ、宗教・民族の対立を乗り越えられないものとするならば、その理想の実現は不可能だろう。
今、日本が「平和憲法維持」、「憲法改正反対」と唱えていれば、平和な世の中でいられるとするならば、それは念仏を唱えていれば「極楽浄土」に行けるという教えと相通じるものを感じる。憲法解釈変更容認派と反対派が対立して、不毛の対立を繰り返すならば、これほど不幸なことはない。目指すところは「国民の生命と財産の安全」というところでは、どちらも同じはず。己の主張をトコトン通すとするならば、最後は国を割って分裂するしかない。そこまでの覚悟があるのだろうか。

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