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2014年7月16日 (水)

日本の防衛問題を考える(1)

◆「集団的自衛権」を限定的に行使容認できるようにする「憲法解釈の変更を閣議決定」したあと、7月14、15の両日衆参両院で集中論戦が行われた。安倍さんの答弁も、この場をどう乗り切るかの防戦一方で、自信に満ちた答弁とは云えず、野党の追及も枝葉末節ばかりが目立ち、この国の防衛に対する根本的な考え方や在り方が噛み合わず、国民の理解を深めるには「説明不足の感」が否めない。

◆安倍さんはまず第一に、憲法9条で定めた「戦争放棄」は今までも、これからも永久にこれを守るのだ。これが大前提であり、武力による紛争解決は絶対にしないと言う事を強く打ち出さなければならない。次に、そのために戦争を起こさせない仕組みを外交努力によって国際協調で作ること、これが第二。最後に偏頗なナショナリズムや覇権主義のため、価値観を共有せず、国際協調の枠組みに入らない国が近隣にあって、武力をもって国家の主権を侵される脅威が存在した場合、あくまで憲法に沿って非武装・無抵抗を通すのか、それとも国民の生命・安全の存続のために防衛力を持つか。日本は憲法上の矛盾を抱えたまま、後者の道を選んだ。この第三の要素は非常に限定的で最後の砦だ

◆この防衛に対する国民の考え方が明確にならないまま、戦後ずーっと引きずってきたところに、常に世論を混乱させる要因となっている。ひとつには国民が政治家を信頼していないこともあるし、政治家も国民を納得させる説明と指導力が不足している。また、メディアも戦前の失敗のトラウマに捉われ、防衛力→戦力→侵略戦争という図式を、必要以上に強調し、国民に脅威を植え続けてきた。昨日の質疑でも、「このままいけば徴兵制に繋がる」と、50年前に言われたバカな意見を云う社民党議員がいたが、憲法を読んでいないのか、シビリアン・コントロ-ルがあることを知らないのか、見識を疑わざるを得ない。

◆今回の「閣議による憲法解釈がけしからん。立憲主義にもとる。」という批判がある。そうであるならば、国民に自衛のための防衛力の保持を明確化(個別・集団も含め)した「憲法改定」の是非を問うべきだと主張する。確かにその通りだ。そのためには96条に定めた改正手続きに基づき、国民投票に付託する国会発議に賛成しなければならない。ところがそれは嫌だと言う。自己矛盾もいいところだ。

◆先に挙げた第三の要素である「防衛力の保持」そのものを憲法の規定通り「保持しない」即ち非武装にしようと言う人は、今では殆どいないであろうが、仮に自衛隊を廃止してしまったらどうなるか? アメリカは自分の国を防衛しない国をわざわざ防衛してやる必要はないと引き上げてしまうだろう。それは鍵がはずされ、扉が開けられた檻の中に美味しそうな肉の塊が置かれた状態に等しい。虎(中国)、豹(北朝鮮)、ハイエナ(韓国)、狼(ロシア)達は眼の前に御馳走を見せられ、放っておくだろうか。たちまち群がり獲物を食べようとするだろう。政府は各論を云う前に、防衛問題をどう捉え、どう説明するか。根本方針を国民が納得いくよう説明し、理解を求めなければならない。個別とか集団とかはその次の問題だ。(続く)

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