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2014年6月16日 (月)

古今サッカー談義

サッカー日本代表のサポーターと江戸時代のサムライが時空を超えて対談した。

(支援者)昨日のコートジボアールとの対戦は、逆転されて惜しかったですね。
(武士)拙者も観戦しておったが、両軍相乱れ、互いの敵陣の中を駆け巡り、ひとつの球体を足と頭を使って奪い合い、敵のゴール目指して点数を競い合うとはなかなか面白いものでござるな。
(支)でしょう!この時期、世界中がブラジルで行われているサッカーのワールド・カップに熱中するんですよ。
(武)その昔は武器を携え、敵の首を幾つ上げるかを競い合ったものじゃったが、それに比ぶれば今は太平の世の中になったもんじゃ。されど、合点がゆかぬ点が多々あるのはどうしたものか。
(支)へぇー、何ですか。その合点がいかぬ点とは? お武家さん。
(武)うーむ。ゴールというのか、点を獲るたびに、選手たちが欣喜雀躍する有り様は如何なものか。観客が歓喜するのは理解できるが、まだ試合中であれば、どういう結末になるか予測がつかぬではないか。プロであるならば、点を獲って当然というような顔をせねばならぬ。試合が終了して、最後に勝利をつかんだ時に喜びを表現すればよいのだ。少なくとも日本の武士道精神を汲むものならば、左様であらねばならぬとそれがしは信じる。
(支)いやー。サッカーは点を獲ることが簡単ではないのですよ。だから得点した時の喜びがストレートに態度に表れるんです。柔道や剣道の試合ではないんだから。
(武)左様か。されど、勝っておるほうが時間切れを狙って、故意に体が痛いとか、何やかや理由をつけて露骨に時間稼ぎするとは卑怯この上ない仕業と存ずる。日本の武士道では恥ずべき行為であるが、此は如何。
(支)仕方ないですよ。これも戦略のうちです。宮本武蔵が佐々木小次郎との決闘でわざと遅れて現われたようなものです。
(武)ウーン。痛いところを突きおったな。まぁ、戦国時代と比ぶれば平和であることには相違ない。されど、21世紀の今でも、世界のアチコチで戦の火花が飛び交っていると聞き及ぶ。であるならば、サッカーで白黒決着つけては如何。民も喜ぶであろうし、現代人ももう少し知恵を絞ってみては如何なものか。

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コメント

 戦争には「死の商人」が暗躍しているので、終結は難しいですよね。武器を生産しなければ、戦争の仕様がないわけですから、平和への一番の早道と思いますが。
 不景気終結の一番の早道は、戦争を始めることだという説もあるそうです。いつ頃の話か知りませんが。

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