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2014年4月24日 (木)

「野球小僧」の記(1)

最近の子供達は基礎的体力の衰えが目立っているという。前屈しても指先が全く床に付かない、膝を曲げてしゃがんだら、バランスを失い後ろに引っくり返る等々。本来的には柔らかい子供の体が、中高年のように固くなっているそうだ。その原因としてスマホやゲームに熱中し、体を動かす事が少なくなり、屋外で体を動かそうにも危険がいっぱい・・。そうした時代の世相にも一因がありそうだ。

「昔はああだった、こうだった」というつもりはないが、ことは子供達の健康のこと、日本の未来がかかっているし、2020年には東京オリンピックも開催される。昔も今も運動神経が発達している子もいれば、鈍い子もいる。自分が小学校高学年から中学生にかけて(1953~1957年頃)、外でドロンコになって遊ぶのが当たり前だった。相撲、野球(ソフトボール)、その他子供達は遊びを創り出す天才だった。運動神経はどちらかと鈍い方だったが、子供達は皆分け隔てなく遊びの輪を拡げていった。

そんな頃、灰田勝彦が歌う「野球小僧」という歌がラジオから流れていた。灰田勝彦はハワイ・ホノルルで生まれ、大正11年(1922)一家で帰国し、昭和11年(1936)立教大学を卒業。その頃から兄晴彦とともにハワイアン音楽でプロデビューしていたが、次第に時代の風潮がハワイアンに相応しくないということで、活躍の場に恵まれなかった。しかし戦後はジャズが溢れ、アメリカンミュージックは大ブレイク。日本の演歌とはまるで違う洗練された都会的な歌い方は、数多くの名曲を生み出し、今でも彼の大ファンである。
灰田勝彦は野球が大好きで、大学在学中も野球に熱中していたという。そんな彼が1951年7月(昭和26年)、日本ビクターから出した明るい快活な昭和歌謡が「野球小僧」だった。


  野球小僧     作詞:佐伯孝夫    作曲:佐々木俊一

   ♪野球小僧に逢ったかい   男らしくて 純情で
      燃える憧れスタンドで    じっと見てたよ背番号
        僕のようだね 君のよう   オオ・マイボーイ
           朗らかな 朗らかな     野球小僧 ♪

  (続く)  4

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