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2014年3月16日 (日)

春の訪れ

3月も半ばを過ぎ、南関東ではようやく春の訪れを肌で感じるようになった。 春光ウララ、春霞は研ぎ澄まされた山並みを、淡いヴェールで包んだような感じに変えてきた。富士山は冠雪部分が最大値まで広がったようだが、箱根の山並みは白いものが少なくなってきた。

冬の間、時折牙をむいていた相模湾は、コバルト・ブルーを変化し、キラキラした表情を見せている。 砂浜には釣り人の数も増えてきた。

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しかし日本列島は広い。北国や雪国はまだまだ春と云う感じがしないだろう。
そんな情景を歌った「早春賦」は私の好きな抒情歌の一つだが、国民が選んだ抒情歌ランキングでも4位をしめるほど人気が高い。
 

  『早春賦』     作詞:吉丸一昌   作曲:中田 章 

 
1.
春は名のみの 風の寒さや   谷の鶯 歌は思えど

 時にあらずと 声も立てず    時にあらずと 声も立てず

2.
氷解け去り 葦は角ぐむ     さては時ぞと 思うあやにく

 今日もきのうも 雪の空     今日もきのうも 雪の空

3.
春と聞かねば 知らでありしを  聞けば急かるる 胸の思いを

 いかにせよとの この頃か   いかにせよとの この頃か

作詞家吉丸一昌は東京帝大国文科卒、東京音大教授で、大正2年発刊の新作唱歌(5)にこの「早春賦」が載っている。他に「故郷を離るる歌」の訳詞がある。
作曲家中田章は中田喜直の父で、喜直が「夏の思い出」、「雪の降る街を」、「ちいさい秋みつけた」など数多くの名作を残しているが、父の章は東京音大卒業後、教授に就任。「音楽理論」やオルガンを教えパイプ・オルガン奏者としても有名だった。

 さてこの「早春賦」だが、日本の特定のどこかではなく、日本のどこでも見られた里山の四季の一片ではなかろうか。吉丸は大分県出身、中田章は東京出身で特に北国や雪国の出身ではないからだ。 評論家の大宅栄子さんは「小学唱歌よりちょっぴり大人っぽくて、お姉さんの香りがして、3番まで歌うと得意な気分だった」と述べ、大人になって「日本の季節感をこんなにまでうまく描写しているのかと感動ものだ」と語っている。全く同感だ。 歌詞の持つイメージよりも、明るく軽快な8分の6拍子のメロディとリズムは日本だけでなく、ドイツ語にも訳され、スイスのテノール歌手が歌っているが、メロディとドイツ語の詩がぴったり合っているとダークダックスの喜早哲氏も称賛している。

 





 

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