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2014年2月 1日 (土)

日本軍国主義論の虚妄(4)

◆宗教が教義と経典と教祖から成り立つものとするならば、(世界三大宗教はすべてそうであるが)日本の神道は果たして「宗教」と呼べるだろうか。神道には唯一絶対神などという概念は全くない。いわゆる、天国・地獄などという概念もない。6世紀に渡来した仏教の影響があって、神仏習合などの概念が生まれ、後世になって「現世利益」的な側面が出てきたことは否定できないが、本来的ではない。幕末から明治にかけて多くの人が国事のために亡くなった。その人達の霊を祀って尊崇することは日本人の長年の慣習、精神構造の上からも、ごく自然な流れだったといえよう。しかし靖国神社には明治政府の選別によって、幕府側、その後新政府に敵対した側の霊は合祀されなかった。このことが、極めて人為的で、その後の靖国神社の在り方に陰を落としていった。

◆鎌倉時代親鸞は、口伝した「歎異抄」の中で、いわゆる悪人正機(あくにんしょうき)を唱えた。即ち、「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるを世の人つねにいはく。『悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をや』。”悪人”こそが阿弥陀仏の本願(他力本願)による救済の主体の根機であると言っている。こういう思想が根底にあるから、どんな悪人であっても死んでしまえば仏さんになると考え、死後もその人物を否定し続けるような風習はない。

◆日本人が犯罪で処刑にあった人であっても、「霊」として神社に祀ることは、昔からあったことだと、理を尽くして説明したとしても、中・韓はもとより欧米各国はなかなか理解できないだろう。日本国内でも、こと靖国神社の参拝問題に関しては未だ意見は錯綜し、混乱の度合いは深まっている。昭和天皇は戦後の1945年から1975年の間に計8回靖国神社を親拝されているが、1975年11月21日を最後に親拝していない。A級戦犯が合祀されて以来、不快感を持ったからだといわれている。今上天皇も一度も親拝しない状況が続いていることも、問題の存在を如実に物語っている。

◆こうした国内事情を抱えたままでは、いつまでたっても中・韓の靖国問題批判を終わらせることはできない。天皇が何のわだかまりもなく参拝でき、国民がそのことに自然に賛意を表せるような状況を作ること、即ち、日本が真に平和を希求する国家であることを辛抱強く理解させていくことが重要な課題だ。時間はかかろうとも。
今のままでは、靖国参拝=軍国主義復活と、捻じ曲げられて喧伝されるのだから、議論がかみ合うはずがない。「日本人とは何か、日本の文化とは何か、宗教とは?歴史とは」それを理解させるところから始まるのではないだろうか。


◆合わせて、戦前の日本と戦後の日本がどのように違うか、どう変化したのか、日本の戦後の歩みを客観的に冷静に見つめる必要があるだろう。自虐的になる必要はない。中・韓が主張していることと、日本が戦後70年、一貫して平和主義を実践してきたことを比べて見るならば、どちらの言い分が正しいか一目瞭然だろう。靖国参拝等は日本人の心の問題であり、政争の具にすることの愚かさをもっと強く、粘り強く、あらゆる機会を捉え、堂々と主張すればよいのだ。(終り)

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