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2014年1月31日 (金)

日本軍国主義論の虚妄(3)

◆1978年(昭和53)8月12日「日中平和友好条約」調印された。翌1979年4月19日、靖国神社にA級戦犯で死刑になった人や獄中死した14名の「」が「昭和時代の殉教者」として合祀された。それから6年4ヶ月の間、大平、鈴木、中曽根各首相が就任中に計21回参拝しているが、何ら問題は起こらなかった。ところが1985年8月7日朝日新聞が靖国問題を報道すると、1週間後の8月14日に中国が史上初めて公式に非難声明を表明した。これがその後韓国も加え、歴史認識問題に肥大化させ、騒ぎが大きくなっていった。ごく自然に参拝していたものが、まるで悪行をしているかのような目で見られるようになった。

◆戦後、日本政府は韓国、中国はじめ東南アジア諸国と外交交渉によって戦後賠償と平和友好同盟を締結し、未来志向の関係を結ぶよう尽力してきた。中国・韓国の度重なる批判にも、過去の歴代内閣は村山談話を始め、何度もお詫びの声明を出して、卑屈とも思えるほどの態度で接してきた。「歴史の過ちを再び繰り返してはならない」とは誰よりも、日本国民一人一人が痛感しているところだ。昭和54年、靖国神社にA級戦犯が合祀されたことは、加害者も、被害者ともども「霊」が御霊として祀られたもの。このことが外国人には理解できない日本人の精神構造であるらしい。靖国には戊辰戦争以来、太平洋戦争までの軍人、軍属の霊246万6千余柱が神として祀られている。死者を弔う墓地ではないのだが、「霊」を祀るという概念が理解できないところなんだろう。

◆これを理解するには日本の神道の本質まで、迫らなければならない。日本には自然の脅威、自然の恵み、自然に対する畏怖の念から「」を見出し、崇拝した。こうした素朴な自然信仰が起源となり、伝承の中の神話から人格神が生まれてきた。これらの八百万の神々が体系化されて神道が醸成されていった。神道が追い求めるものは穢れ無き心、無色透明の真水のようなもの。怨念の籠った魂でさえも、長い年月を経れば浄化され、禍を退ける守り神になるという思想がある。ここがキリスト教などとは決定的に違う処で、人々を苦しめる災いなど、いわゆる悪魔的存在は退治されなければならないと彼らは考える。

◆歴史上の人物も菅原道真や平将門の時代、疫病や災害などは彼ら怨霊の祟りであるとして、それを鎮めようと神に祀り上げた。また崇徳上皇、後醍醐天皇ら悲運の天皇も祭神となり、豊臣秀吉、徳川家康など天下取りの武将も死後、大明神や大権現に祀りあげられた。近年では倒幕運動で理不尽にも処刑された吉田松陰も、日露戦争の東郷平八郎や乃木希助もそれぞれ名前が冠せられた神社に祀られた。このように日本の神道は、神話の中から生まれた神々以外にも、天皇、天下人、学者、武人、思想家など生前に功績を残した多くの人達が神格化され、民衆の中に根付いてきた。(続)

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