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2014年1月27日 (月)

原発ゼロを唱えるならば(2)

◆小泉さんは「原発を止めても、日本はやっていってるじゃないか」と言う。これも皮相的な見方で老朽化した火力電力をフル稼働し、本来なら払わないで済む石油・石炭・天然ガスの輸入が増え、2013年は11兆5千億の貿易赤字となった。輸出入とも前年より増加しているが、赤字は3年連続となり、石油天然ガス等のエネルギーが3兆6千億円の負担増となって、家計に響いてきている。企業の生産拠点の海外移転は続き、得意の分野だった電子製品や家電製品でも日本の競争力が失われているという。また化石燃料による発電の増加で二酸化炭素の排出は予定よりはるかに増大している。

◆ならば、再生可能エネルギーである風力、太陽光、地熱、バイオマス発電をドンドン普及すればよいではないかとの発想に繋がる。だが、これらは個別当たりの発電量が低く、しかも投資額と送電網の建設コストがかかり、買い取り価格を高くしないと建設が進まない。そしてそのコストは電気料金に跳ね返る。普及率が遅々として進まず、未だ2%程度しか供給能力がないというのも、もっともな話だ。また、22年までに原発全廃を法制化したドイツでも、再生可能エネルギーの割合が23.4%と過去最高になったが、原子力は15.4%で微減したものの、いきなりゼロにはなっていない。

Nature1003◆しかし、再生可能エネルギーは地域完結型のエネルギーとして、さらに普及しなければならないことは確か。特に有望なのは日本の里山という環境を活かした木質バイオアマス発電だ。すでにオーストリアではかなり実用化しており、日本でも里山や森林を抱えた地方組織においては地域完結型電力として、有力な電力となるだろう。

◆しかし、日本の経済産業構造はまだまだ、大量・安定・低価格の電力を必要とする。この構造は10年、20年経っても大きくは変わらないだろう。原発事故は一度大事故を起こせば、取り返しの付かない惨事になることは十分経験した。しかしその要因は天災以外に、人間の過信と慢心と経済性を重視した経営と組織の問題によることも判明した。このことは教訓として十分に活かせるし、これからの世界の原発に活かしていかなければならない。

◆新しい低コストの電力としてシェールガスの輸入が進み、新たに自己調達が可能なメタンハイドレード発電が実用化するまでは、現在日本が保有する有力な資源である原発を寝かしておく手はない。原発に関する技術力を高め、人材を育てていくためにも、二重三重に安全装置を施して、稼働できるものは稼働する。合わせて廃炉と、核のゴミ処理問題に国を挙げて取り組んでいかねばならない。こうした事を考えた上で、細川さんも小泉さんも「脱原発や原発ゼロ」と発言していると思うのだが、そうでなければ単なる票集めの人気取り政策と批判されてもしかたあるまい。

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