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2013年12月 7日 (土)

安重根のこと

◆読売新聞が11/14~12/1まで12回に亘って、シリーズ「冷え切る日韓関係」という特集記事を連載していた。日韓交流の歴史から現今の日韓関係の現状までを重層的に鋭く掘り下げ、大変読み応えがあった。中でも反日感情の背景に韓国人特有の「(ハン)」という感情の存在が根底にあり、それが大きく働いていることを改めて感じた。
朴槿恵大統領が「日本から受けた『恨』は1000年経っても消えるものではない」と言った言葉に代表される。それを最も象徴しているのが、1909年10月26日、ハルビンで伊藤博文を暗殺した「安重根」のことであろう。朴大統領は今年6月、中国の習近平国家主席に対し「安重根」の記念碑を中国ハルビンに建立することを提案、中国側も前向きに検討することを伝えたと云う。


◆「安重根」といえば今年7月に行われたサッカー東アジア杯の日韓戦で韓国側応援席が安重根の巨大な顔写真をデザインした垂れ幕を掲げ、批判を浴びた。韓国で安重根はまさに英雄扱いである。しかしこれは韓国だけに通用する話だ。世界の常識ではテロリストであり、犯行後直ちにロシア官憲によって逮捕され、日本側に引き渡されて、旅順で裁判を受けた。そして、翌1910年3月26日、旅順監獄で伊藤の月命日と絶命した時刻に合わせて死刑に処せられたという。

◆テロリストが英雄に格上げされ、記念碑まで建立されるという例は古今東西の歴史を見ても他に知らない。「反日無罪」という教育が「反日なら何でも許される」と教えてきた現れだろう。韓国では「親日派」と見なされれば、命にかかわる恐れもあるという。現代では「いかなる思想信条があろうとも、テロによって人命を奪う事は絶対に正当化できるものではない」という考え、法体系があってこそ先進国だ。日本においても幕末・明治以降、凶刃、凶弾によって倒れた政治家は枚挙に暇が無いが、ごく最近では伊藤一長長崎市長が右翼の跳ね帰りに遭って、凶弾に倒れた。因みに伊藤市長は高校の後輩に当たる。

◆「安重根」に関しては、昭和57、8年頃、朝日新聞が写真入りで、「伊藤公の顔知らずに暗殺」、「長崎で安重根の獄中記と顔写真みつかる」の見出しで記事が掲載された。獄中記は生い立ちから始まり、暗殺の動機から暗殺後「天に向かって大韓万歳と大声で叫んだ」などと約2万字で書かれているという。顔写真の方は旅順監獄の中で撮影されたもので、椅子に座った弱々しいものだ。この写真は長崎の高校時代の友人の父親が保有していたもので、新聞掲載後に韓国領事館から人が来て、是非譲って頂きたいと申し出があり、渡したとのこと。韓国の展示館に展示するもので、その際は韓国にご招待しますとのことだったが、その後何の連絡もなかったという。

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