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2013年11月 9日 (土)

島倉千代子さんのご冥福を祈る

◆昨8日、島倉千代子さんの訃報が伝えられた。美空ひばりとはひと味違った、鈴を転がすような歌声というのだろうか、女性らしい女性、昭和を代表する歌手だった。デビュー3年目の昭和32年(1957)に「東京だョ おっ母さん」がヒットした。金の卵として東京で働き始めた娘さんが、ようやく田舎の母親を東京に呼んで案内すると云う設定。母親を想う優しい女性の姿が、当時の時代背景とも合わせて、多くの国民の共感を呼んだ。

◆この歌について哲学者の山折哲雄さんが面白い分析をしていた。

  「東京だョ おっ母さん」   作詞:野村俊夫  作曲:船村徹 

 久しぶりに 手を引いて  親子で歩ける うれしさに
 小さい頃が 浮かんで来ますよ  おっ母さん
 ここが ここが 二重橋  記念の写真を とりましょね

 やさしかった 兄さんが  田舎の話を 聞きたいと 
 桜の下で さぞかし 待つだろう   おっ母さん
 あれが あれが 九段坂   逢ったら泣くでしょ 兄さんも

 さあさ 着いた 着きました   達者で永生き するように
 お参りしましょよ 観音様です   おっ母さん
 ここが ここが 浅草よ   お祭りみたいに 賑やかね

 
「この歌詞には隠された深い意味がある。そのポイントは二重橋、九段坂、観音様の三つで、二重橋は皇居・天皇を指し、九段坂は靖国神社即ち神道、観音様は浅草寺、即ち仏教を指す。戦後の日本の平和は象徴天皇と神道尊重から神仏調和へと大きく舵を切ったところにある」といったような内容だったか、視点が違うなという印象を持ったものだ。

◆昭和38年に学生生活をチェックに(?)母親が上京してきた。そのときハトバスに乗って東京観光をした。この歌の主人公は恐らく働いて貯めたお金で、母親を東京に呼んだのであろうが、仕送りを受けている学生の身では、情けないかな歌にもならない。

◆蛇足ながらこの曲がヒットした昭和32年は中学2年の時で、フランク永井の都会派ムード歌謡「有楽町で逢いましょう」もヒット、また浜村美智子のバタ臭いカリプソ・ソング「バナナ・ボート」も流行り、歌の世界も多様化してきた。翌33年には「ダイアナ」、「おーい、中村君」、そして島倉千代子の「からたち日記」がヒットし、ますます多岐に亘っていった。
1987年にそれまでの彼女の人生の集大成のような「人生いろいろ」が大ヒット。やはり偉大な歌手の一人であった。改めて島倉千代子さんのご冥福を祈る。

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七沢温泉の紅葉(11/8)

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