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2013年11月13日 (水)

食品の虚偽表示に関連して(後半)

◆食の虚偽表示に限らず、最近の日本は何か変だ。卑近なところでは公衆道徳の欠如は目に余るものがある。ゴミの不法投棄、電車内のマナーの欠如、交通ルールやマナー違反など公共の秩序や良好な風俗・習慣が大きく乱れている。いつの世もこのような反社会的動きがあることは致し方ないところだが、近年は特にそれが目立つように思う。現代を生きる大人達は日本人が本来持っている美点(最近では大震災後の東北で見られた人と人との絆、思いやりの精神、相互扶助など)を次の世代に引き継いでいく義務があるはずだが、その大人達(一部ではあるが)が暗い影を投げかけている。

◆それだけならまだしも、自殺の増加、些細な事が殺人事件に発展したり、金目当てやストーカー殺人事件が後を絶たない。金権主義の蔓延が過当な競争を生み、不当な競争を招く。ブラック企業が蔓延り、人間の使い捨てが起きる。振り込め詐欺は一向に減らず、金にまつわる犯罪は次から次へ新たな犯罪を産み出す。まさに病める現代人の姿が浮かび上がってくる。

◆国家を形成するのは言うまでもなく一人一人の国民だ。その国民を作りだす源泉は教育。教育には学校教育だけでなく家庭教育もある。家庭の崩壊の増加も問題であるが、まずは学校教育におけるいじめの問題、体罰問題、教員の質の低下など、学校教育自体の在り方、教育行政の在り方が問われている。ここにきて道徳の大切さを重視した「道徳教育」がクロ-ズアップされてきた。

◆ある意味、戦後の道徳教育の軽視が今の世相の根本原因ではないかとさえ思えてくる。道徳教育の必要さは大方の人が感じている処だが、改めて「道徳教育」と言っただけで、問題視する動きがあること自体、現代日本の問題点を顕著に表していると言えないか。何も戦前の修身の復活を言っているのではない。道徳を「人格的社会的健康教育」と定義するようだが、別に難しく考えることはない。例えば「論語」の丸暗記(意味は後から付いてくる)や古今東西の偉人の伝記を学ぶことなど、「正直に生きることの大切さと生命の尊厳」を教えれば十分ではないだろうか。正直に生きることが日本人の身についているならば、「食の偽装の問題」にもブレーキがかかったであろう。 背伸びをしない、身の丈に合った生き方を学ぶことがこれからは必要ではないだろうか。

Dscf0201 
たわわに実る柿

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