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2013年11月18日 (月)

秋の詩(うた)・・・1

「落葉(らくよう)     (詩:ポール・ベルレーヌ   訳:上田敏 「海潮音」)

 秋の日の   ヴィオロンの  ためいきの
    身にしみて  ひたぶるに  うら悲し。

 鐘のおとに  胸ふたぎ   色かへて
    涙ぐむ   過ぎし日の   おもひでや。

 げにわれは  うらぶれて   こゝこかしこ
    さだめなく  とび散らう   落葉(おちば)かな


この詩に最初に接したのは高校の国語の教科書だった。もとより詩心なく感銘するほどのことのない自分だったが、秋も深まるとこの詩の冒頭の部分が思いだされる。舞台はフランス。フランスと言えばシャンソン。そして、イヴ・モンタンの「枯葉」。こっちの方がより、親しみを感じるが、ハラハラ舞う枯葉にも、ものの哀れを感じるのは日本もフランスも同じか。

 Photo_2  

秋と云えば、もっとも身近に感じた詩(歌)がある。

「故郷の空」    スコットランド民謡   作詞:大和田建樹 (明治21年)

 夕空晴れて  秋風吹き   月影落ちて  鈴虫鳴く
 思えば遠し  故郷の空   ああ我が父母  いかにおわす

 澄行く水に  秋萩たれ   玉なす露は  ススキにみつ
 思えば似たり  故郷の野辺  ああわが弟妹(はらから) たれと遊ぶ 


シチュエーションは全く違うが、小学校の高学年の頃だった。空気が薄紫色に透き通った夕暮れ、家に帰って自然とこの歌を口ずさんでいた。すると両親も唱和した。自分達も子供の頃から歌っていたのだろう。ただ、それだけのことだが妙に脳裏に刻まれている。


ところが、この歌の原曲は”Comin' Thro' the Rye”(ライ麦畑で出逢うとき)という題名で、内容は麦畑でイチャイチャしているという猥らな歌、春歌であることが後にわかった。明治21年に「故郷の空」として小学校唱歌で歌われ出していたが、原曲を尊重しようという観点から一旦は原詩に近い歌に翻訳されたが、1970年に、これをさらに発展させた歌が一世を風靡した。なかにし礼の作詞でザ・ドリフターズが歌った「誰かさんと誰かさん」であることは言うまでもない。だが、どっちが原曲の持つメロディにフイットしているかと問われれば、躊躇なく前者を推すだろう。歳のせいか。







  






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