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2013年10月25日 (金)

秋刀魚の歌

秋の味覚と言えば、その代表格は秋刀魚。今年は海水温上昇の影響で、収穫時期が遅れたようだが、ようやく例年並みに店頭に並んでいる。
先日、読売の日曜版に佐藤春夫「秋刀魚の歌」1921が掲載されていた。長い詩で、終盤の「さんま、さんま、さんま苦いか塩っぱいか。」のフレーズだけは覚えていたが、実はそのあとに続く、「そが上に熱き涙ををしたたらせて さんまを食うはいづこの里のならひぞや。」が新聞のテーマになっており、この行間に重要な二つの意味があることを知った。


◆佐藤春夫は明治25年(1892)4月和歌山県新宮市の生まれ。慶応中退で文学活動に入り、近代日本の詩人・作家として活躍。艶美清朗な詩歌と倦怠・憂鬱な小説を軸に、文芸評論、随筆・和歌などその活動は多岐に及んだ。明治末期から昭和まで旺盛に活動し、昭和39年72歳で没した。
大正8年に谷崎潤一郎と出会い兄弟同様の交際を続けた。そのころ夫潤一郎に疎まれていた妻千代に同情していた春夫の気持ちはいつしか愛情に変わり、やがて千代を巡って、春夫と潤一郎の間に確執が生じ、遂に両者は絶交してしまった。


◆派手好みの谷崎には愛人が複数おり、いったんは二人を許した谷崎だが、その後気が変わり、返事を翻してしまう。断られた佐藤は失意の余り、故郷和歌山に帰って、発表したのが「秋刀魚の歌」だった。それは千代に向けた思慕の歌であり、背徳的な愛の歌でもあり、焼けるサンマの黒煙の中に春夫の自嘲的な姿が浮かび上がってくる。 まず冒頭で、

  あわれ 秋風よ 情けあらば 伝えてよ
   ━ 男ありて  今日の夕餉に
  ひとり さんまを食いて 思いにふける  と。


まず、現在の自分の侘しい立場を表現する。春夫は絶交期間中、同棲していた女優に逃げられ、横恋慕した千代とその娘鮎子の三人で食卓を囲む。その団欒の場面を回想した部分が詩の中ほどに出てくる。

あわれ、人にすてられんとする人妻と   →谷崎の妻千代
 妻にそむかれたる男と食卓にむかえば 
 →佐藤春夫
 愛うすき父を持ちし女の児は        
→谷崎と千代の子鮎子
 小さき箸をあやつりなやみつつ

 父ならぬ男にさんまの腸をくれんと言うにあらずや。
  
さんまの腸は苦いからあげる。

Dscf0173 脂の乗った秋刀魚

◆7年後、両者は和解し、潤一郎の了解を得て春夫は千代を譲り受け、1930年に結婚する。谷崎と千代の離婚成立後、三人連名の挨拶状を知人に送り、「細君譲渡事件」として新聞などにも報道され、反響を呼んだという。
この詩の中の重要な二つの意味とは、秋刀魚を食べるのに涙をしたたらせた深い背景ともうひとつは、秋刀魚には縁がなさそうな和歌山県新宮市、この新宮には正月などには欠かせないサンマのなれずしという食文化があるそうだ。サンマが熊野灘を南下する頃には脂が適度に抜け、発酵食品なれずしになるとのこと。30年漬け込んだものは「カツオの酒盗とアユのウルカとフナずしを足し、ほんのりブルーチーズの香りを加えた味」と読売の記者は書いていた。一度は食してみたいものだ。

 

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