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2013年9月11日 (水)

東京五輪、浮かれてばかりもいられない。

◆2020年東京オリンピック開催が決定し、お祝いムードに溢れ、活気が蘇ってきたような感がある。確かにデフレ脱却のアベノミクスの「第4の矢」としての東京五輪の開催は3兆円とも5兆円とも云われる経済効果をもたらし、向こう7年間は景気回復の基盤の役目を果たすことは間違いないだろう。

◆まずは斬新なデザインの国立競技場の全面改築。また臨海地区に新たに新築される各種競技施設や選手村、すべて耐震構造にはなるだろうが、もとはと云えばここは廃棄物処理場の埋め立て地だったところ。メディアもこのことに殆ど触れないが、素人考えながら果たして本当に大丈夫なのか?さらに臨海地区のオリンピックエリアと都心ターミナルを結ぶ交通面のアクセスがいろいろ取り沙汰されている。ゆりかもめの延長、地下鉄路線の新設など、「あれもこれもこの際だから、やってまえ」と意気込みは勇ましい。しかし現実的には競技場と都心ターミナルを結ぶ連結バスの導入が経済的で、臨機応変に対応できる。

◆交通アクセス面では、むしろ老朽化した首都高速道路や橋梁等の改築強化が優先されるべきだ。オリンピックがあろうが、無かろうが優先的に取り組まねばならない課題だ。これは東京だけの問題ではない。オリンピック後も継続して取り組まねばならない長期的公共事業として、地方も含めた長期ビジョンが必要だ。また五輪関連の工事の集中が人手不足となり、結果、工賃も上がる。作業員はますます東京へ集中し、本来最優先で取り組まねばならない東日本大震災の復興工事の人手はますます不足、結果、復興も遅れる。

◆あれもこれもオリンピックに間に合わせようと、リニア新幹線や羽田~成田を直結する高速鉄道を7年前倒しで進めようという話もある。無理なく用地買収や資金面の手当てがつくのであれば実現可能かもしれないが、無理を通せば反動もでてくる。1964年の東京オリンピックの翌年から世の中はしばらく不景気になった。公共工事が極端に減ったからである。

◆1964年オリンピックと2020年オリンピックの決定的違いは、右肩上がりの高度成長期の中で行われた五輪と、間違いなく少子高齢化に向かう成熟期を過ぎた社会で行われるオリンピックであるという点だ。その辺の構造の変化を見誤って、前回と同じように「行け行け、ドンドン」で行こうとすれば、古い自民党時代の利権の構造の中に逆戻りだ。
オールジャパンで取り組まねばならないのはオリンピックだけではない。大震災の復興と原発事故の確実な処理こそオリンピック以上に全勢力を注力しなければならない課題だ。
また2020年東京オリンピックはますます東京一極集中に向かうような気がしてならない。それでいいのだろうか。地方と東京のバランスのよい発展が望まれるし、オリンピック招致が決定した瞬間から東海・南海トラフ大震災の話題がどこかに吹き飛んでしまったかのような印象を覚えてしまうのだが・・・。

Photo サルスベリの花

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