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2013年8月 8日 (木)

宮崎駿監督アニメ「風立ちぬ」を観賞

◆今話題の宮崎駿監督作品のアニメ「風立ちぬ」を観賞してきた。評判に違わない力作で、今までの彼の作品では味わえなかった感動すら覚えた。宮崎駿作品と云えば、子供向けを意識したものが多かったが、その中で一つだけ挙げるとするならば『千と千尋の神隠し』だろうか。何か深い意味を示唆するものがあったのか、強烈な印象を持ったものだ。しかし今回の『風立ちぬ』は全く違った。

◆大正時代、群馬県の田舎に育った1人の少年が飛行機の設計者になろうと決意する。美しい風のような飛行機を造りたいと夢を見る。やがて少年は東京大学に進み、大軍需産業のエリート技師となって才能を開花させ、ついに航空史に残る美しい機体を造り上げる。三菱重工の海軍零式艦上戦闘機、いわゆるゼロ戦である。1940年から3年間、ゼロ戦は世界に傑出した戦闘機であった。その人の名は堀越二郎

◆さらに同時代に生きた文学者堀辰夫、この二人の実在の人物を見事に融合させ、堀の小説「風立ちぬ」を下敷きに、大正から昭和初期、戦中までの約30年に亘る次郎の半生を描いた壮大な物語だ。二郎の姿はまるで宮崎駿監督そのものを投影しているようにも見える。サブタイトルに「堀越二郎と堀辰夫に敬意を込めて」と標記しているように、彼は「思考力や技術力を超えた堀越二郎の天才的な閃きの成果を、愛国心やコンプレックスのはけ口にして欲しくはない。僕は今度の映画で、そういう人々から堀越二郎を取り戻したつもりです。」と発言している。

◆後に神話化したゼロ戦の誕生を縦糸に、青年技師二郎と美しい薄幸の少女菜穂子の出会い、純愛、そして短い結婚生活からの死別を横糸に、カブローニおじさんが時空を超えた彩りを添える。(この辺は宮崎作品独特の夢と空想の世界が広がる)
1930年代と云えば、今より閉塞感のもっと激しい時代だった。関東大震災、世界恐慌、失業、貧困と結核、革命とファシズム、言論弾圧と戦争に次ぐ戦争・・そんな時代だった。それらの事象も断片的に登場するが、説明もなければくどくもない。終盤で瓦礫の山が遠望できる場面がでてくる。近づいてみると累々としたゼロ戦の屍だった。敗戦を象徴した場面だが、たんたんと描いている。


◆大正から昭和前期にかけて、緑の多い美しい日本の風景がふんだんに登場する。この光景は戦後昭和20年代までは、日本全国の田舎に残っていた。空はまだ濁らず白雲が生じ、水は澄み、田園にはゴミひとつ落ちていなかった。一方町は貧しかった。道はデコボコ、看板は無秩序に立ち並び、木の電柱が乱立している。そんな情景が音響効果も交え、見事に描かれている。そして二郎や菜穂子が住む「山の手風の家庭」は美しい日本語を話し、礼節を守り、良き日本の伝統が残っていた。

◆ヒロイン菜穂子が丘の上でスケッチをしている風景はクロード・モネの「日傘の女性」を連想させるし、ラストシーンで流れる主題歌「ひこうき雲」は40年前にユーミンが作詞・作曲したものだが、まるでこの映画のために作っていたかのようだ。爽やかな旋律は映画の余韻にマッチして、席を立つものが一人としていなかった。まさにこの作品は宮崎映画の最高峰といえるのではないだろうか。

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