« 日本人の苗字と姓の話 | トップページ | 長嶋・松井に国民栄誉賞 »

2013年5月 3日 (金)

憲法記念日に思う。

◆安倍政権になって憲法改正の機運が高まった。昭和22年の現行憲法施行から66年。押しつけ憲法と云われながら、平和憲法の旗印の下、一度も改正することもなく(世界各国に比し希有な事、出来なかったと言った方が正確か)、日本は未曾有の繁栄を遂げ、またその歪みも露呈してきた。

◆言うまでもなく憲法は国の形を決め、枠組みを決めるもの。それには国民が参加したものでなければならない。現行憲法は戦後のどさくさに米軍指導のもと、一部の政治家や識者が作ったものだ。それを金科玉条のごとく「手をつけること一切罷りならぬ」という勢力が未だ生き延び、それがかつて反米勢力だったことも不思議と云えば不思議な現象。安倍さんが言う「憲法を国民の手に」は正論だと思う。

◆しかし、ここで「改正のハードルが高いから、国民の憲法に対する意識を高めるため、ハードルを低く(96条の改正)すべきだ」と云う意見がある一方、「中身をどうするかが重要だ、その議論が先決だ。」と主張する勢力もある。「鶏が先か、卵が先か」の議論だ。一方政治家やメディアの一部は「憲法改正は慎重であるべきだ」という論調を高めている。「慎重である」と云う言葉は「政治の世界では何もしない」という言葉と同義語だ。

◆曰く、「権力者側が強くなり、言論の自由が侵される恐れがある。集団的自衛権が表記され戦争に巻き込まれる恐れがある。」等云々。何をか況やである。今時、海外へ侵略戦争をしようとする政治家がいると思っているのか。自衛隊の中で国家を転覆し、軍政を敷き侵略戦争をしかけようと思っている輩がいると思っているのか。「幽霊の正体を見ずして幽霊は怖いぞ、怖いぞ」と騒いでいるようなものだ。メディアの役目は現行憲法の中で、非常事態をシュミレーションし、出来ること、出来ないことを国民に分かりやすく示す事だ。

◆この66年間に日本を取り巻く、内的・外的環境が大きく様変わりした。政治体制と選挙制度の在り方、混迷する教育問題、加速する高齢化問題、格差社会の増大、将来への不安、近隣諸国との軋轢等々。現状のままの日本で良いと思うものは余程の幸せ者か、能天気者だ。憲法を変えたからと云って即、世の中が良くなるものではなかろう。しかし戦後レジュームが壊れた今、将来を見据えた国の在り方を決めるには国民一人一人が真剣に考えることが必要だ。もし行き過ぎ、誤った方向に導くような改正案ができたとしても、最後は国民が投票で決める。このハードルは現行の投票総数の過半数から全有権者の過半数にすれば、かなり高くなる。国民を信頼しよう。

« 日本人の苗字と姓の話 | トップページ | 長嶋・松井に国民栄誉賞 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1299847/51472891

この記事へのトラックバック一覧です: 憲法記念日に思う。:

« 日本人の苗字と姓の話 | トップページ | 長嶋・松井に国民栄誉賞 »

2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ