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2013年5月 2日 (木)

日本人の苗字と姓の話

◆家紋・姓氏・地名研究家の丹羽基二氏の研究によると、日本の苗字は12万以上、世界に類の無いほど多いという。何故これほど多くなったのか。それは、日本には苗字に関するタブーがないこと、漢字を組み合わせれば無限に造成できること、さらに明治になって誰でも苗字を名乗らなければならなくなったことを挙げている。

◆そのひとつの例として群馬県で「天皇陛下」と付けた男がいた。さすがに役所の方でNOを出したところ、「陛下」に改めて再提出。村長が間に入って「陛上」で落着。読み方は「はしがみ」と読むそうだ。このように読むのも書くのも困難な珍姓も数多いが、苗字の8割以上は地名からきている。源平の世の「熊谷次郎直実」は現在の埼玉県熊谷市の出で、クマガイノと「の」をつけて読むのが正しい呼び方、その地の名田の主という意味があるそうだ。残りの2割近くは「役職、職業、用具、動植物、様々な謂れ、略称」などからきているとのこと。

◆いろいろ研究してきた結果、①約100の姓で、姓全体の37%を占め(例:鈴木、佐藤、田中等)、約5,000の姓で92%に達する。残り8%で11、5000の姓を構成することになる。②同音異字の姓は、ひとつの発音に対して、約二通りある。(例;窪田・久保田、橋本・橋元・橋下等) ③ほぼ300の漢字で姓全体の90%が表記できる。④姓に用いられる漢字は約3500字である。ということなどが分かってきたという。また姓氏と地名に多用されている漢字のベストテンは多い順に、
 ・姓 氏 : 田、藤、山、野、川、木、井、村、本、中
 ・地 名 : 川、田、大、山、野、島、東、津、上、原
で、確かにこれらの文字を組み合わせただけで、多くの姓(苗字)が浮かび上がる。


◆姓を語る上で平安初期に成立する「源・平・藤・橘」の「四姓」は欠かせない。平安時代権勢を振った藤原氏はもと中臣氏であったが、鎌足が朝廷から大和の藤原の里を拝領して以来、藤原(の)鎌足と地名が姓になった。その後、藤原氏の亜流ということで遠藤(遠江)、安藤(安芸)、佐藤(佐渡)、伊藤(伊勢)、加藤(加賀)、後藤(越後、丹後?)、武藤(武蔵?)など藤原氏の出自であることを自称するケースが多くなった。これらの場合は「の」はつかない。

◆斎藤氏の場合はその祖に当たる人物が藤原氏の分流で、斎宮寮頭(サイグウノリョウノカミ)という高くもない官職に就いていて、人々が斎藤と呼ぶようになったからだという。地名ではなく、官職を称していたので、「の」はつかない。同様に近藤という苗字は、その祖が藤原氏の分流で近江掾(オウミノジョウ)という低い地方官であった。この場合滋賀県の近江ではなく、阿波の一地方官の名称からきているという。

◆また工藤、権藤などの謂れも何らかの官職からきているのではないかと想像されるが、然とした資料は見ていない。平安末期になると、関東で開拓農業主が群がり出た。彼らは「源・平・藤・橘」の出であると自称するが、むしろ偽称が多かった。いいかげんなものであったが、地方では誰もが「四姓」を称することで、「はるかながら天皇の末の流れを汲む」というふうになった。いわゆる天皇制というものが、庶民(武士たち)の中に細かい根を張る様になったきた顕れといえよう。
 (参考資料:丹羽基二氏 「家紋と地名と苗字との話」
        司馬遼太郎氏 「この国の形」--苗字と姓の項)

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