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2013年4月12日 (金)

歳 月 (3)

田舎の四季(秋)
田んぼの水は抜かれ、黄金の稲穂が刈り取られる。切り株だけになった跡地は子供達の絶好の遊び場所。当番制の共同風呂に入った帰り、煌々と照らす満月の下で、当時流行った「♪月がとっても青いから~ 遠回りして帰ろ~」と歌いながら帰ったものだった。
また、晩秋か初冬だったと思うが、家の裏の灌漑用の堀から発動機のポンプ゚で水を汲み揚げ干してしまう。その時、鮒、鯉など多くの川魚が捕れる。これを燻製にして冬の間の蛋白源にするのだ。甘辛く煮た鮒は美味しかった。一度珍しく獲れた鰻を蒲焼にしてくれた。翌日鼻血ブーの状態になった。


田舎の四季(冬)
冬休み。正月の支度で、ことの他忙しくなる。29日か30日には総出で餅つきが始まる。親戚に配ったりするので半端ではない。男性軍は交代で何度も何度も杵をつき、女性や子供はちぎってはいくつもいくつも丸くする。正月を迎えるため、昔からのしきたりだろうか、家じゅう、作業場にも台所にもかまどにも、小さな鏡餅を飾る。元日には大伯父の前に座り、新年の挨拶をしたあと、お年玉を頂く。夜は10人近くの従兄が集まって、囲炉裏や火鉢を囲み、わらべ歌を歌いながら他愛ない遊びに耽る。寒い冬の夜、分厚い重い布団の寝床に入る。遠くに夜汽車の汽笛を聞きながら眠りに入る。

◆昔から続く広い農家は、端々まで独特の匂いがある。仏間には仏間の、茶の間には茶の間の、台所、土間、作業場、倉庫、厩、厠、皆それぞれ特有の匂いがあって、忘れられない。
厳格ながらも優しい大伯父。今、祭壇の前で優しくほほ笑んでいる御影の大伯母、子供の頃多くの甥や姪に語りかけた優しい言葉とまなざしが忘れられない。と、ここまで回想していたら、僧侶の読経が終わった。


終りに
周りを見回すと、かつて一緒に遊んだ従兄達も、今では頭髪も薄くなり、白髪となって顔には人生のしわが刻まれているようだ。年長組の従姉は自分が小4~5年生の頃、女学生でセーラー服を着て颯爽と自転車に乗っていた。まるで映画「青い山脈」の主人公のようだった。後ろの荷台に乗せてもらいガタゴト道をアチコチ連れていってもらった。その女学生だった従姉達も、すっかりお婆さんとなり、可愛い孫達に囲まれているようだ。60数年の歳月はそれぞれの人生を歩ませ、確実に子供達の世代にバトンタッチさせている。

と同時に、周りを取り巻く環境もすっかり変わってしまった。一部の田んぼは宅地や工場に、ガタゴト道は区画整理で舗装され、面影はなくなった。田んぼを巡らす水路は埋め立てられるか、護岸のコンクリートに。茅葺屋根は高度経済成長とともに文化住宅から最新の都会的住宅に大きく変化した。10年ほど前、本家を訪れた時、同年輩の従兄と雑談した。「昔の自然がなくなり、その良さが次第に失われていくようで寂しい」と。すると彼は「それは都会人のエゴだ。我々にも文化的暮らしをする権利がある」と云った言葉が忘れられない。
この回顧録を書いた理由というのは、それぞれ皆胸の内に想い出として残っているだろうが、それは次第に消えていくものだ。今のうちに記憶を記録
として残しておきたい、ただその一点によるものだった。(終り)

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