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2013年4月10日 (水)

歳 月 (1) 

◆大伯母の葬儀で福岡県筑後市に行ってきた。大正2年生まれ、あと半年で100歳になるという大往生だった。3歳年上の大伯父も数年前大往生を遂げたが、葬儀場で僧侶の読経を聴きながら暫し、子供の頃の思い出が走馬灯のように駆け巡った。

◆明治から大正にかけて、福岡県南部の米どころ八女郡に生まれた大伯父夫妻は、江戸末期からの典型的な中規模農業を引き継ぎ、大正、昭和初期、大戦、そして敗戦後の混乱期を乗り越え、平成の世になってようやく安穏な晩年を過ごされた。7人兄弟の長男であった大伯父は19歳の時父親を亡くし、母親と今回他界された伴侶とともに3人で、残された5人の男子、1人の女子の6人を兄貴としてまた父親の代わりとなって育て上げた。

◆朝早くから、暗くなるまで田畑で働き、雨の日や夜でも土間で働き続けた。次男は沖縄戦で戦死、三男である私の父は地元工業高校を出させてもらい、長崎の造船所の技師となった。四男は陸軍士官学校に行き中尉となるも、戦後復員し、果樹園を営んだ。戦後の混乱期を過ぎて五男は警察官から民間会社に転職し、大手の電器会社の営業所長になった。唯一の女子であった叔母は他家に嫁ぎ、末弟の叔父は家業を手伝いながら大学を出させてもらった。卒業後は教育分野で長く務めあげ、校長の職を最後に多くの教え子に慕われた。今年84歳になるその叔父とすぐ上の叔母のみが健在で、他の5人の兄達は全て他界した。この時代によくある典型的な家族や生活のパターンではなかっただろうか。

◆昭和25年(1950)から昭和31年(1956)にかけての小学生時代、この筑後市(当時八女郡)の父の実家に頻繁に遊びに行くようになった。まだ戦後間もなく、昭和の始めの面影が色濃く残っている時代だった。当時は茅葺の屋根、広い土間、大きな台所(土間)の片隅には五右衛門風呂、水はもちろん手押しの組み上げ式ポンプで、土間にはいくつものかまどが在った。ご飯を炊くのは子供達の役目。藁を燃し続けながら、いとこ同士が遊びの花を咲かせた。二階の納戸には馬の鞍、錆びた日本刀などもあった。

◆倉庫のような建物には大きな一石樽がいくつも並び、米等が保管されていた。さらにその屋根裏には藁がうず高く積み上げられており、藁にまみれて寝ころんだりした。作業用の建物には蓆を編む機械、縄を編む機械等があった。その建物の隅には厠があり、厩があって農耕馬が1頭飼ってあった。小学校低学年だった私がその厩の前に行くと、見慣れぬ奴が来たと思ったのか、眼の玉をひん剥いて、両足を高々と上げ、いなないた。猛獣みたいで怖かった。(続く)

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