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2013年1月10日 (木)

与謝野鉄幹・晶子夫妻と与謝野馨氏のこと

◆今、読売新聞「時代の証言者」に、今回の衆院選で政界を引退した与謝野馨氏が回顧録を連載している。与謝野鉄幹・晶子を祖父・祖母に持つことは云うまでもないが、この夫妻は貧乏人の子沢山で11人の子供を抱え、借家を転々としていたそうだ。夫妻の二男の秀(しげる)氏は頭脳明晰、運動神経抜群で東京帝大から外務省入りし、両親の希望通り、外交官となって世界を舞台に活躍した。その秀と道子の間に長男として生まれた時には鉄幹はすでにこの世になく、晶子は馨が3歳の時に亡くなったという。

◆おもしろいと思ったのは鉄幹の歌で有名な「人を恋うる歌」を晶子は大嫌いで、吟唱を禁止していたそうだ。この話を読んで拙文のブログで取上げる気になった。

  「人を恋ふる歌」
  
妻をめとらば才たけて  みめ美わしく情ある
  友をえらばば書を読みて 六分の侠気四分の熱
  
      (以下16番まで続く)

◆青春時代にこの歌を知り、バンカラムードそのままに、放吟していたことが思い出される。晶子が何故この歌を嫌いだったのか? この詩を全部読み通すと、男性側の勝手な願望を述べているだけで、女性の立場を考えていない。「フン、なにさ。ろくに稼ぎも、甲斐性もないくせに。自分の姿を鏡に映してから歌ってよ。」という声が聞こえてきそうだ。確かに才能と云う点では生涯10万を超える和歌を詠んだ天才晶子には遠く及ばないだろう。

◆政治家としての与謝野馨氏は度重なる病魔と闘い、最後は喉頭がんの手術の結果、声を失ったことが引退の直接の引き金になったという。彼は国家財政の破たんをいち早く唱え、「社会保障と税の一体改革案」を自民党時代に提唱していたが、受け入れられなかった。民主党政権の菅内閣で、経済財政相に迎えられ、自民党から裏切り者の批判を浴びながらも、野田内閣でようやく日の目を浴びて成立したことを見ると、政策の職人と云われた与謝野氏の器の大きさを感じさせられる。

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フラワーガーデンにて

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