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2013年1月27日 (日)

桜宮高バスケ部体罰自殺問題

◆大阪市立桜宮高のバスケ部顧問による体罰で、キャプテンが自殺した問題は橋下市長が入試の取り止め、顧問の総入れ替えを主張するなど、部活の在り方、体罰そのものの可否、教育行政の在り方等を含め全国的な問題に拡大してきた。

◆体罰(身体に何らかの暴力)を受けた生徒の99%はその相手を恨みこそすれ、発奮してより向上しようとは思わないだろう。逆に言えば体罰を受けたことにより、真に反省しそのため努力し、向上するようなケースがあるとするならば、それは「愛のムチ」と云えるかもしれない。元巨人の桑田投手も「体罰では決して強くならない」と言っている。学校の名誉のため、勝利至上主義のため教育現場の暗黙の了解のもと、世の中の眼の届かない処で横行していることを今回の事件は露呈した。

◆そもそも教育は教師の人格識見に負うところが大きく、威厳があり信頼のおける先生は外見に関わらず、生徒は尊敬し付いていくものである。体罰を行う教師ほど、その威厳の無さを補う手段として行使するもので、昔の軍隊の悪しき伝統を引き継ぐ行為でしかない。

◆本来国の将来を担う子供達の教育を担う専門職である教師のステイタスは高いものであるべきだ。それが一地方公務員の立場となり、一時「デモ、シカ先生」の言葉が流行ったように相対的に低下して、単なる労働者になってしまった。或いは自分達でそうした立場にしてしまった面があることも否定できない。

◆文科省は制度や、構造の改革を見直すだけでなく、いかにして教師の質を高め、同時にステイタスの向上を図るか、換言すれば教師を目指そうとする良質な人材をどれだけ育てるかに尽力すべきだ。

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コメント

 教員資格が一定の単位をとれば得られるようになった頃から教員の質が落ちたと思っているのは私だけでしょうか。
昔は教育者になる人は専門学部(師範学校とか教育学部とか)を卒業する必要があったのでは?
学部に関係なく教員資格が取れるようになったのは、生徒数の増加と教員不足があったからだったでしょうか?
 とにかく、教員資格が就職のセーフティネットかして、「でもしか先生」が発生したと思います。

 

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