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2012年11月 3日 (土)

参議院は本当に必要か

◆問責決議を突き付けた総理大臣の所信表明演説は受け入れられないと、拒否した参議院が代表質問をすることができず、振り上げた拳の落とし所を、「緊急質問」という本来的でないところで格好をつけた形になった。子供の喧嘩以下だ。本来問責決議案は法的根拠もないのに「決議案が可決されたのだから、総辞職か解散のどちらかを選ぶべきだ」と壇上から叫ぶ議員がいたが、己の法律の無知さ加減を曝け出すだけなのに・・・。

◆衆議院の任期は4年だが、任期途中でも議員が内閣不信任案を提出し、総理を辞職させる権限を有する代わりに、総理は国会を解散し、全議員を辞めさせる権限を与えられている。参議院は6年間の任期が保障されており、じっくり国政に取り組んでもらう代わりに、総理を辞職させる権限は与えられていない。もしその権限が参議院にあれば、総理よりも参議院の立場が上となり、いつでも好きな時に総理を辞めさせることができることになる。そんな国はどこにもない。

◆近年、参院は衆議院のカーボンコピーと揶揄されるように、与党が参院でも過半数を占めていれば法案は楽々と国会を通過し、安定的になる一方、政官財癒着で国民の政治離れが進んでいった。その反動として国民は参院の与野党逆転(ネジレ)を選んだが、上位に立った民主党は参院の力が強くなって、必要以上に対決姿勢を強め、国会運営がスムースに行かなくなった。

◆衆院で民主党に政権が与えられると、寄せ集め集団の政策不一致と慣れない政権運営で四苦八苦、おまけに参院で過半数割れとなって、野党自民は「意趣返し」とばかり攻め立てるから、決めるべきものも決められない。かつて小泉総理が衆参両院で、それぞれ同じ所信表明や施政方針演説をやるのは時間的に無駄だから、衆院一方だけにしようと提案したが、参院の独立性が損なわれるということで否定された。国会の開会式では参院に天皇を迎えて衆参両議員が参加して開かれるのだから、やろうと思えばできないことはないはずだ。

◆世論調査で参院の必要性を問うたところ、半数以上が必要無いと答えた。もっと多くてもいいと思ったが、「衆院の行き過ぎをチェックする」という本来の機能が果たされないのであれば、確かに不要だ。一院制の方がスピーディにものごとが進むことは確かだし、余計な経費を大幅に削減できる。

◆戦後間もなく参議院に「緑風会」と云う会派ができた。第一回の参院選で無所属108人が最大勢力となり、この中から戦前の貴族院、官僚出身、文化人らを母体に92人の院内会派「緑風会」が誕生した。衆院とは一線を画した不偏不党の統一会派で、政党ではなく、衆院に候補を立てることも、政権獲得を目標とすることもなかった。党議拘束を持たず一人一人が是々非々で臨むことを建前とした。参院は「良識の府」と謂われる所以だった。しかし参院も政党化の波には逆らえず1965年6月、自然消滅した。もしこの制度が保証され、衆議院は予算策定と政策実行、参議院は決算と政策結果のチェックと機能分離をするならば存在意義はあるだろうが、これとて過去の歴史が示すようにいつしか、もと来た道になるだろう。

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