« ご都合主義の中国のノーベル賞 | トップページ | 蕎麦打ち初体験 »

2012年10月28日 (日)

「石原新党」立ち上げに思う

◆石原都知事が知事4期目半ばで辞職し、国政に再び乗り出すと云う。この国を立ち直すために、中央集権の打破、霞が関官僚体制の打破を訴え、第三局の結集を呼び掛けた。齢80にして、最後のご奉公だと云う。薩長連合の故事を持ちだし、小異を捨てて大同に就き、閉塞感あるこの国を根本から立て直そうというのだ。

◆オリンピック招致や尖閣諸島購入など、発信力の強い政治家であることは確かだ。ただ、自分が拠って立つ政党は「立ちあがれ日本」という小党。石原新党に顔を変え、候補者を増やしても、二桁の前半もいけば良い方だろう。だから、「現体制を打破する」という一点だけで、躍進が予想されている橋下氏の「日本維新の会」、「みんなの党」その他と連携し、政権を狙える勢力として、総理の座に就き、思いを果たしたいというのが真の狙いだろう。彼に残された時間はあまりにも少ない。時間をかけてなど悠長な事は云っていられない。

◆しかし、現行憲法の破棄、新憲法の制定や原発の可否、消費税増税などが小異といえるのか?細川政権の寄せ集め集団の破たん、近くは同じ党内でも政策の隔たり抱え、離党、分裂を繰り返し、政権の維持が困難となった民主党。そのような例を見るまでもなく政策の合意がないと、いざ政権担当となった場合、またぞろ政策の不一致とかで混迷する姿を見せつけられるのがオチだ。

◆そもそも石原氏は17年前、国会議員勤続25年表彰の際、国政に見切りをつけて辞職し、都知事に打って出たのではなかったのか。都知事を13年勤めたら、また飽きが来て国政に復帰、今度こそ官僚主導のこの国の形を変革できるというのだろうか。石原氏に限らずこの国の政治家は官僚主導の悪弊をことあるごとに唱えるが、そもそも官僚を主導し、使いこなすのが政治家の責務ではないのか。自らの責任を放置しておいて、官僚体制打破もへったくれもあったものではない。

◆さらに自分等の能力の無さ、指導力不足を棚に上げて、選挙の事、お金のこと、政局のことばかりにうつつを抜かしてきたからこそ、官僚たちが自分等に都合のいいように仕組みを作り上げてきたのだ。真に官僚主導体制を改革し、新しい国家体制を創ろうとする気があったならば、とっくにこの国は変わっていたはずだ。政治家が虚心坦懐に、己を捨て、国家国民のため何をなすべきか、党派を超え、心あるものが結集してこの難局に当たるべきだろう。国民はそれを望んでいるのだが・・。

« ご都合主義の中国のノーベル賞 | トップページ | 蕎麦打ち初体験 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

石原氏の言う「憲法破棄」の論拠は、「南出説」と言われています。

大日本帝国憲法現存論・占領憲法無効宣言実施手順/南出喜久治
http://www.youtube.com/watch?v=VDlB3wVFXWE&list=PLCDAAF5D9DB60B77B

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1299847/47618510

この記事へのトラックバック一覧です: 「石原新党」立ち上げに思う:

« ご都合主義の中国のノーベル賞 | トップページ | 蕎麦打ち初体験 »

2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ