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2012年8月12日 (日)

高校で初めての漢文の授業

◆高校に入って初めての漢文の授業でした。確か木下先生という、中国の霊山、
黄山か峨眉山から巷に降りて来た仙人のような痩身のご老人で、白髪交じり、
身なりは全く構わず、ヨレヨレのシャツにダボダボのズボン。しかし一旦声を発す
ると、朗々とした張りのある声で漢詩を諳んじ、その表情には恍惚感さえ浮かん
でおりました。


◆その先生がまず最初に教えたことは歴代中国の王朝(時代)を黒板に書き、
これを暗記せよというんです。一人ずつ立たせて読まされました。まるでお経
を読むように何度も何度も・・授業が終わる頃にはなんとか覚えてしまい、不思
議な事に今でも諳んじられます。

「唐、虞、夏、殷、周、秦、漢、魏、晋、宋、斉、梁、陳、隋、唐、梁、唐、晋、漢、
周、宋、元、明、清」
・・・といっても、漢文が読めるようになった訳でも、なんでも
ありませんが、後年「三国志」や「史記(項羽と劉邦)」、「水滸伝」など中国の
歴史小説には熱中しました。


◆江戸時代には武士の男子は12歳になると湯島の聖堂で素読吟味の試験を
受けなければならなかったそうです。試験は「四書五経」の素読で年に一度だけ、
三回落第すると失格して武士としての面目を失うことになります。旧制中・高まで
は漢文は必須科目で、高下駄で高吟する姿はドラマなどでよくみかけました。
新制高校になって漢文の比重は極端に低くなったようですが、それに比例する
ように日本人のIdentityというか、武士道精神 (絆、憐憫の情、恥の文化といっ
たようなもの)が次第に薄れていったような感じがしてなりません。


◆その木下先生も卒業アルバムを見ると、いつの間にか仙人のように姿が
消えておりました。きっと仙郷に帰られたのでしょう。

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