2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

« 八月十五日の喧騒 | トップページ | 少子高齢化の現実 »

2012年8月18日 (土)

決められない政治の原型

◆8月15日夜のNHKスペシャル「終戦はなぜ早く決められなかったのか?」を見た。この番組を見て、なんと今の政治に酷似しているかと痛感した。昭和20年3月に硫黄島玉砕、また東京大空襲、4月に入ると米軍は沖縄本島に上陸、「大和」は撃沈される。これより先、2月にヤルタ会談でルーズベルト、チャーチル、スターリンはドイツの戦後処理と日本への降伏を勧告する協議を行った。この時点で日本が中立を守るであろうと期待していたソ連は対日参戦を決定していた。

◆この情報をロンドンやスイス・ベルンの駐在武官達は入手し、日本へ次々と暗号で送っていた。最近その解読文書が英国で見つかった。日本の首脳達は本心では敗戦を自覚していた。「降伏するなら早い方がいい。被害がこれ以上拡大しないで済む」という外務省文官達、「いや本土に上陸してくる敵に一撃してから交渉に臨んだ方が有利になる」という武官達、「あくまで本土決戦だ」と叫ぶ強硬な陸軍上層部、ソ連参戦の情報を知らされていない人は「あくまでソ連に仲介を頼んで交渉すべきだ」等々。海軍大将から総理大臣になった鈴木貫太郎、陸・海軍大臣、軍令部総参謀、外務大臣、宮内大臣ら国の方針を決定する6人の最高首脳は協議を重ねるが、一向に決められない。

◆ソ連参戦の可能性大という情報を把握しているはずの大臣も、その情報を共有せず、分析・活用しようとしない。自分等に都合のいい情報だけを採りあげ、都合が悪い情報は捨てる。部下達には本音で話すのに、いざ最高会議の席では弱腰と取られるため、本音を言わない。縦割組織のためセクショナリズムに捉われる。「精神論的強硬」意見に押され、それに従う。自分の立場が危なくなるからだ。

◆ルーズベルト大統領はソ連の将来の力の拡大を恐れ、今のうちに日本が降伏すれば、これ以上攻撃しないし、国体も護持できるというシグナルを発信していた。この情報をつかんで報告しても、「アメリカの謀略かもしれない」と一蹴する大臣。もし、ここで決断し、受け入れていれば広島・長崎への原爆投下もなかったし、多くの本土空襲も避けられた。ソ連の参戦前だからシベリア抑留もなかっただろうし、北方四島の略奪も避けられたかもしれない。

◆これらの情報があるにも拘らず、6月8日「御前会議」で、強硬派の思惑通り本土決戦の方針が採択された。決められない政治が長々と続き、決まった時には最悪のシナリオになってしまった。今の日本とどこか共通していないか。頭がよくて官僚のトップになっても自己保身が第一の官僚、キャリアと権威だけでトップに立ち責任を被ることを避けるため決断できない政治家達。硬直した組織。こうした生きた教訓があるのに、それが活かされない現在の日本。嗚呼。

« 八月十五日の喧騒 | トップページ | 少子高齢化の現実 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1299847/46730587

この記事へのトラックバック一覧です: 決められない政治の原型:

« 八月十五日の喧騒 | トップページ | 少子高齢化の現実 »