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2012年6月 4日 (月)

原発問題を再考する(1)

◆関西電力大飯原発がすったもんだの末、何とか稼働にこぎつける見込みと
なった。政府関係者のホッとした表情とは裏腹に、橋下大坂市長の苦渋の表
情が映し出されていた。原発問題に関しては昨年3・11以来、「脱原発」とか、
「再生エネルギーの促進」とか「エネルギー政策の在り方」とか国民を巻き込
んでの議論が輻輳し、いまだ方向は見定まらない。


◆ここでもう一度原点に立ち返って考えてみたい。そもそも原子力発電は科学
の進歩とともに、踏み込んではいけない核開発の過程で産み出されたもの。化
石燃料にはよらない新エネルギーとして科学技術を結集して創り出されたもの
で原子力の平和利用としてもてはやされた。(反面、一歩間違えば放射能という
大きな副作用を伴うものであったが・・)


◆例えて云えば、原子力発電とは「車」のようなもので、安全運転を心掛ければ
これほど利便性を発揮し、快適な乗り物はなかった。だが、一歩間違えば自分
だけでなく、他人をも巻き込む殺人兵器と化す危険な代物であった事は確かだ。


◆人間は意識する、しないに拘わず原発の恩恵に与ってきた。科学技術を信
頼し、3・11までは疑うこともなかった。しかしそれまでに黄信号は何度もあった。
米スリーマイル島、旧ソ連チェルノブイリの事故、国内でも小さい事故は何度も
あった。だが、それらは人為的なものとして過小評価し、過酷事故を想定して
抜本的な対策をとってこなかった。いつしか自分達の技術を過信するように
なってしまった。


◆さらに3・11以降分かったことだが、原子力ムラという電力会社、行政、業界
学会の一部で構成する閉ざされた存在だった。ここに利権が渦巻き、外部から
は覗き得ない中で、国の原子力政策が取り行われていたという構図だった。
責任の所在はあいまいになり、謙虚さもなくなった。(続く)

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