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2012年5月13日 (日)

旧東海道テクテクぶらり旅(7)

【箱根宿~三島宿】 前篇
旧東海道テクテクぶらり旅は、当面の目標『日本橋~箱根間』を先月8日に終
え、次の目標を静岡市駿府城までと決めて、今日から芦ノ湖畔の箱根宿から
再スタートすることとした。曇り空で寒さが少し残る中、まず箱根峠へ向けて古
い石畳と杉並木が残る向坂を登る。


Dscf3951
箱根峠へ向けて向坂を登る

◆箱根峠には広い駐車場があり、小休止。ここから静岡県側に入り、箱根
西坂が始まる。下り始めるとまず最初に箱根竹(篠竹)のアーチの中を進む。
「こんな巣を作る鳥がいたな」なんて思いながら進むと、やがて竹は少なくな
り、日当たりがよく道幅も広い、よく手入れされた緩やかな石畳道が続く。
概して西坂の静岡県側の方が東坂の神奈川県側よりも道標などもよく整備
されていて歩きやすい。


Dscf3965  篠竹のアーチ

Dscf3974 よく整備された石畳

Dscf3969  かぶと石

接待茶屋跡を過ぎた辺りに、兜によく似た「甲石」がある。秀吉が小田原城
を攻める際、休憩してこの石の上に兜を置いたことから、その名が付いたと
云われているが・・・。


Dscf3975  雲助徳利の墓

雲助の親分として雲助仲間から慕われた、松谷久四郎の墓といわれる。
剣術が強く、読み書きもできた彼は面倒見も良く、彼の死後、仲間たちが
生前お世話になったお礼として墓を立て、供養したもの。終生酒を愛した
ことから、お墓に盃と徳利を浮き彫りに彫らせているのが、なんとも微笑
ましい。


◆箱根峠から全体の3分の1ほど降りた所に山中城跡がある。天正18年
(1590)秀吉の小田原攻めの際、韮山城に次ぐ北条方の最前線の山城と
して迎え撃った。しかし、秀吉側の圧倒的な大軍の前に僅か半日で落城
したといわれる。「障子堀」や「畝堀」、「土塁」などが残り、「日本100名城」
にも指定されている。今まで2回探訪しているので、今回は省略(続く)


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