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2012年3月 7日 (水)

春の兆し

ひと雨ごとに気温もあがり、肌刺す風の冷たさも和らいできた。
昨夜近くを歩いてみると、月の光に暖か味が増し、夜の空気に春の兆しが感じ
とれた。この時期には、花の香りが漂っているはずだが、今年は特に遅い。
水仙はあちこち咲き競っているものの、梅の花はまだ五分咲きほどか。

Dscf3702 早咲きの桜(河津桜?)

Dscf3704 沈丁花はまだ蕾で香り無し

Dscf3706  水仙は終りに近い

大震災からもうすぐ1年。復興は遅々として進まない。津波の中を耐え抜いて
綺麗な花を咲かせた桜の木は今年も同じように咲いて人々を元気づけるだろう。


  古人 復(ま)た洛城の東に無く 
  
今人 還(ま)た対す 落花の風
  年年歳歳 花相似たり      
  歳歳年年 人同じからず

                     劉延芝:「白頭を悲しむ翁に代わる」)

(訳) 昔 洛陽城の東において 花を楽しんだ人はすでにいない。
    そして今の人々はまたここで落花の風に相対している。
    来る年ごとに咲く花の姿は常に同じようだが、
    それを眺める人々の姿はそのたびに変わっている。


咲いては散りゆく花に相対して、人生のはかなさを述べた有名な漢詩では
あるが、この詩はさらに続く。


  此の翁 白頭 真に憐れむべし  
  伊(こ)れ 昔は紅顔の美少年
  一朝病に伏して 相識なく     
  三春の行楽 誰が辺にか在る


(訳)この白頭翁の姿は真に憐れむべきものではあるが、この人も昔は紅顔
   の美少年であったのだ。いかに栄華を極めてもその人がひとたび病気
   になると、世間では知っている人も知らない顔をして通るように世間から
   見離されてしまう。そうなると春三か月の楽しみというものはいったい、
   誰のところへ行くのだろうか。


無情な世をはかなんだ詩句ではあるが、己の残りの人生に照らし、戒めと
したい。と、ここまで書いたらまた寒くなってきた。春はそこまで来ているの
に一進一退の感あり。やはり健康第一で、元気に年をとることが一番だと

教えているようだ。

  
 

 

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