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2012年2月13日 (月)

長崎旅行記(最終回) 長崎歴史のこぼれ話

今月3日~5日の長崎旅行について、7回に亘り長々と旅行記を綴って参りました
が、最後にボランティアガイドのUさんから寄せられたその他のエピソードを紹介
して終わるここと致します。


☆長崎の遊郭丸山の遊女の話②☆
◆オランダ人カピタン、ドゥーフという人は18年間も出島にいました。当時の欧州
の複雑な政治事情に絡んで8年間も自国の船が来なかったり、英国船フェートン
号がオランダ船に偽装して長崎港に入り、騒動を引き起こすなど大変な苦労を
強いられました。
◆そんな彼を慰めたのが遊女・瓜生野でした。二人の間には男子が生まれ、
ジョーと名付けられました。日本名、道富丈吉(ドゥーフ・ジョー)。そんな彼もやっ
と本国に帰れるようになった時、子供を連れては帰れませんでした。彼は長崎奉
行遠山左衛門景晋(例の遠山金さんのお父さん)に子供の養育と役人(目利き
役)への取り立てを頼みました。その資金として砂糖二駕籠(今の金額にして2
億円とも)。人情味溢れるお奉行さんはきちんと実行したそうですが、残念なが
ら丈吉は17才で亡くなりました。(下種の勘繰り・・残りの砂糖はどうなった?)


☆長崎の遊郭丸山の遊女の話③☆
◆文政4年(1821)将軍へ献上するため、ラクダの雌雄1対が長崎にやってきた。
ところが急に献上不要となり、カピタン・ブロンホフは馴染みの遊女糸萩に贈っ
た。もらっても困る糸萩は通詞中山某に頼んだところ、香具師(ヤシ)に1,050両
で売られた。
◆それからはるばる江戸に向かったが、面白いことにラクダ使いは雄だけ手綱
を引くと、雌はぴったり寄り添って歩いたそうで(逆の説もあり)、その中の良い
ことはオシドリ以上。そこで長崎では夫婦そろって道中することを「
らくだのミュ
ート
」(メオト=夫婦)と呼ぶようになったというが、自分には初耳だった。因みに
江戸では入場料は今の価格で800円、「小便は万病の薬、毛は魔よけのお守り」
との口上で大繁盛したとか。その後、北国に連れて行かれて、凍え死んだとか。
(いつの世もアコギなことをやる奴がいるもんですね。)


☆その他長崎の歴史のこぼれ話☆
◆勝海舟と本蓮寺・・勝海舟は1855年長崎海軍伝習所に来て、4年間本蓮寺の
塔頭に宿泊した。ある時、梶久(くまともいう)という14歳の女性が海舟の下駄の
鼻緒を直してやったのが切っ掛けでロマンスが生まれた。海舟が龍馬を伴って
再び来崎したとき(1864)、久には梅太郎ができていた。久は25才で亡くなった
ため、久の母親が梅太郎を連れて勝を訪ねた。勝には多くの愛人と隠し子が
いたが、正妻民子は異腹の9人の子供たちを分け隔てなく可愛がったという。

◆勝海舟も、龍馬も、紀州の茂田さんも、シーボルトもお寺の塔頭に泊まって
います。長崎に来た旅人は、知り合いの家や取引先の商家、師匠の家等に
泊まったのです。何故でしょうか?実は長崎には旅館がなかったのです。お上
が旅館を造らせなかったのです。理由は・・密貿易を防ぐためでした。


【終りに】 このブログでは触れなかったが、「神の島」という幼少時代のゆか
りの場所を訪ねたこと、長崎名物のハタ(凧)を製造販売している小川凧店で
の話、Uさんに案内された中華料理店「紅灯記」などのエピソードはまたの機
会に書くことにして、ひとまず長い旅行記を終わります。長い間お付き合い頂
きありがとうございました。また、長崎のUさんには懇切なガイド、貴重な資料、
文書の寄稿など大変お世話になりました。改めて厚く御礼申し上げます。(終)



 

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コメント

長崎旅行、楽しんでいただいて本当に良かったです。
メールでお送りした文は、関連本や、先輩ガイドさんから戴いた資料から引用しましたが、長崎の理解にお役に立ったのだったらお許しいただけると思います。
 私の理解不足や勘違いがあり、閲覧者からクレームがついたらお知らせください。調べなおしてお知らせします。

貴重な資料をお送りいただき、ありがとうございました。
1本調子の小生のブログに花を添える事ができました。
また何か新発見があったら教えてください。

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