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2012年1月18日 (水)

「国旗と国歌」考 (前)

◆日本では不思議な事に、国旗・国歌に関する訴訟裁判が絶えてなくならない。
大方は一部の公立学校教員が起立斉唱は強制的であるとしてこれを拒否、「憲
法第19条が定める思想および良心の自由に反するものだ」と主張して社会問題
になっていた。自国の国旗・国歌のことで裁判で争うということは、日本以外では
確認されておらず、世界的にも日本だけの固有の論争になっている。


◆我が国では長い歴史の中で自然に形成されてきた「日章旗」が国旗に、明治
13年に宮内省の林広守氏が和漢朗詠集にある「君が代」に曲を付け、明治26年
に公布されたものが事実上の国歌になったとされる。戦後も当然のように「日の
丸」、「君が代」が国旗、国歌として扱われてきたが、法的立場が曖昧なままで
あったため、平成11年(1999)8月13日に「国旗・国歌法」が公布され、即日施行
された。


◆今回、「国歌の起立斉唱命令に従わず、都の懲戒処分を受けた」教員らが
処分の撤回と損害賠償を求めた訴訟は最高裁が、「戒告処分は妥当であるが、
停職・減給にするのは重すぎて違法である。」と云う判断を下した。これに対し
東京都と大坂の橋下市長は早くも反発を表明している。


◆大体、どこの国に自分の国の国旗、国歌を軽視する輩がいるだろうか。人が
自国に誇りを持って国を愛し、国家の一員として社会の役に立とうとするのは
自然の成り行きだ。その国家の象徴として存在するのが「国旗と国歌」であって
誰に言われずとも自然に敬意が表されるものだ。


◆オリンピックやサッカーのワールドカップで日本人選手が活躍し、君が代が
演奏されると、日本人なら誰でも選手の活躍を称え、「国旗や国歌」を意識する
だろう。だが、国旗や国歌それ自体を否定するものはいないはずだ。普通の国
であるならば、他国の国旗・国歌にもそれなりの敬意を表するものだ。ところが
ある国が気に食わないといって、破棄したり焼却したりする輩が近隣諸国に見
られるが、実にその国の民度の低さを証明しているものといえよう。


◆未来を担う子供達の教育を任されている教師の責任は重い。もし教師が国
旗や国歌を軽んじ、起立斉唱すべき場面で背をそむけ、子供達たちにもその
ように指導しているとするならば、将来どのような人間に育つだろうか。世の中
の規律、秩序に背を向けるような人間になりはしないか。ひょっとしたら、そう
した教師は子供の時、そのような教育を受けてきたのだろうか。(続く)


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