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2011年12月12日 (月)

但馬地方旅行記(後)

第四位:「城崎温泉」
◆今から1400年前(飛鳥時代)、1羽の鴻が温泉に浸かり、足の傷を癒したこと
で発見されたと云う謂れのある城崎温泉。日本海に注ぐ円山川の支流沿いに
並ぶ温泉街は古くて落ち着いた佇まいを見せている。城崎温泉の名物は「七湯
巡り」、即ち「さとの湯、一の湯、御所の湯、まんだら湯、地蔵湯、鴻の湯、柳湯」
の七湯を指し、それぞれ造りが立派だ。中でも御所の湯は京都御所を彷彿させ
る構えで驚かされる。宿泊したホテルの温泉以外では地蔵湯に入っただけだっ
たが、時間があれば全湯巡りしてもいいと思う温泉だ。


◆城崎温泉といえば、志賀直哉の「城崎にて」を思い出す。大正2年(1913)8月、
山手線の電車に跳ね飛ばされ重傷を負った志賀直哉は10月、術後の療養の
ため城崎温泉に向かう。その時泊まった旅館は「三木屋」といい、今でも営業し
ていた。大正6年34歳の時、その時の体験をもとに短編小説「城崎にて」を発表
した。心境小説の代表とされるこの作品を読み返してみた。1匹の「蜂」の死、
首に串がささった「鼠」、驚かそうと思って投げた石が偶然にも当って死んでしま
った「イモリ」。これらの動物達の生と死、そして命拾いした「自分」の生とを対比
し、写実的描写と心理的描写を織り交ぜながら生死を考えていく・・。

第五位:出石の「皿そば」
◆出石の街中に着いた時、ちょうど昼時だったので、出石名物の「皿そば」を食
べようと案内されたのが、「さらそば甚兵衛」。関西はうどんが主流と思いきや、
ここ出石では何十軒もの食事処のすべてが日本そば屋で、しかも全て「皿そば」
だという。日本情緒豊かな大きな店内は平日にも拘わらずほぼ満席で、京都や
大坂ナンバーの客も多い。


◆何故「そば」なのかといえば、先にも触れたように、江戸期に領地替えで信州
上田から来た仙石氏が、そば職人を連れてきたのが始まりだと云う。ちょうど
岩手の「わんこそば」がお椀を利用しているように、出石焼の小皿に盛られて
おり、注文するとき「何皿」と注文する。一度に全部出てくるところが異なるが、
10皿も食べればほぼ満腹だ。定番のネギ、ワサビ以外にも「しょうが、長芋、卵
大根おろし」等、薬味の種類が豊富なのも面白い。結構美味しく頂いた。


Dscf3337_2 「さらそば甚兵衛」の玄関

第六位:竹野海岸「淀の洞門」とフィッシャーマンズビレッジ
◆山陰の海岸は奇岩、巨岩、洞門など自然の景観に恵まれた処が多いが、そ
れもそのはず「山陰海岸ジオパーク」は昨年10月、世界ジオパークネットワーク
に加盟認定されたという。竹野海岸にも「淀の洞門」という大きな洞門があった。
と云っても大坂の陣の「淀殿」とは関係ない。スサノウノミコトの鬼退治伝説に
起因しているようだが、いずれにしろ太古の歴史と自然の景観に恵まれた絶好
スポットだった。

◆今が時期のズワイ蟹や真鱈が驚くほど安い値段で並んでいる海産物店も
眼を楽しませてくれた。


Dscf3382_2  「淀の洞門」

Dscf3392  海産物店の店先

終わりに:豊岡と云えば数年前、丸山川の氾濫で観光バスが孤立し、中高年
の団体がバスの屋根で一晩を過ごし、全員無事救出された災害が記憶に新し
い。確かに豊岡市は地形的にも盆地そのもので、中央を円山川が日本海に
向かって流れ、水害が起こりやすい下地がある。かつては大きな湿地帯であ
った土地は水稲栽培に適し、河原にはコリヤナギを植えて日本最大の「柳行
李」の産地だった。現在も豊岡は「かばん」の生産が盛んで、看板が目立つ。
「何でか?」と不思議に思ったが、実はこんなところにルーツがあったのだ。
旅はまだまだ知らないことを教えてくれる。


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