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2011年12月26日 (月)

スペシャルドラマ「坂の上の雲」終わる

◆3年越しのNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」が終わった。20年ほど前、司
馬遼太郎の原作を読んで無類の感動を覚えた。氏の数ある作品の中で最高峰
ではないかと思う。読み終わった後、横須賀にある戦艦「三笠」記念館を訪れ、
本から得たイメージと実際に艦の中を歩き回って受けた印象を重ね合わせ、当
時の雄姿に思いを巡らせたりした。


◆氏によると執筆以前の準備期間に5年、新聞の夕刊に連載執筆してから4年
と3ヵ月、昭和47年8月に終了し、書き終えた時に49才になっていたという。私は
それから10数年後に文庫本で読んだのが最初だが、読んでいながらこれを映画
やドラマにしたらどうだろうと考えを巡らせながら、やはりこの壮大な原作を具体
的に映像にするには無理だろうと勝手に判断していた。


◆しかし、この原作に対して、いくつも映像化の企画が持ち込まれたが、司馬氏
悉く断ったという。何より戦争肯定論者と曲解されることを恐れた。また登場する
人物群と深い関わり合いもつ遺族の子孫、関係者等が存命していた。さらに作
者の真意を映像で表現することの限界を感じていたのだろう。司馬氏の他界後
もご遺族に対してNHK等が何度も許可を求めて接触したが、司馬氏は不許可
を遺命として残していた。


◆しかし時の経過ともに、ようやくNHKが今回のような形で実現することができ
た。何故通常の1年間の大河ドラマではなかったのか。「坂の上の雲」のドラマ
化には特別の準備と製作日数と制作費が必要だったのだろう。ロケ地一つをと
っても国内だけでなく、海外でも多数のロケ地を必要とした。幸いCGの技術の
進歩もおおいに働いた。混迷する日本の国としての在り方を問われている昨今、
今を生きる人に「日本とは、日本人とは、国家とは、戦争とは・・」等の根本的問
題を投げかけている。製作のタイミングとしては最高の時期ではなかったか。
司馬氏が日本人に対して、この大作の歴史小説を残してくれたことに感謝する。


◆ドラマ創りは原作の意図する処を丁寧に表現していた。もちろん限られた時
間内での製作であるから、大幅に省略されたり、女性の視聴者も意識して、原
作には殆ど登場しない女性の登場場面も多くセットされていた。キャスティング
も原作のイメージに近い人を選んでおり、特に秋山好古、真之兄弟、正岡子規
の三人はイメージ通り。それに応えてみんな好演していた。NHKの苦心、苦労
に拍手を送りたい。

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