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2011年12月18日 (日)

日本橋~箱根間テクテクぶらり旅(5)続き

【大磯~小田原~箱根湯本】 後編
◆小田原に入って我が家のマンションの前を通り、暫く行くと酒匂川に差し掛か
る。広重の絵には人足たちが肩車で担いだり、輦台に乗せて運んだりしている
様子が描かれているが、これは3月から9月の増水期のもので、10月から2月の
水量が少ない時期には、仮橋が架けられたという。

Dscf3504  
我が家の前あたりの東海道

Dscf3505
 
酒匂川と酒匂橋箱根連山がうっすらと彼方に見える。

◆酒匂川を渡って、1kmほど行くといよいよ小田原宿に入る。僅かに残された
江戸見附跡を見て、新宿の交差点を左に入ると、そこが旧街道で蒲鉾製造販
売業等がずらりと並ぶ。小田原は箱根越えを控えているため、本陣4、脇本陣4、
旅籠は95軒を超え東海道有数の宿場町だった。日本橋から84km。昔の人の
1日の行程は40kmが一般的で、東海道中膝栗毛の弥次さん喜多さんも途中、
戸塚宿で1泊、2泊目を小田原宿でとっているから標準の早さであり、我々が
5日かけて小田原まで歩いてきたのとは比較にならない。いかに昔の人は健脚
だったかがわかる。


◆ついでながら弥次さん喜多さんは小田原宿で五右衛門風呂の入り方が分か
らず、下駄ばきで入って、釜の底を突き破ったという騒動を起こし、
  「すい風呂の 釜をぬきたる 科(とが)ゆえに
              宿屋の亭主 尻をよこした」 と戯れ歌を残した。


◆小田原宿の中央付近に「なりわい交流館」というのがあって誰でも無料で休
憩ができる。親切なおばさんがお茶を出してくれ、ほっと一息。木造二階建て
の昔風のしっかりした建物はかつて鰤の網元の家だったとかで、ちょっとした
街のミニ博物館となっており、小田原宿の全体図、4つの本陣の平面図が見
られる。


◆小田原は当然ながら観光には力を入れているが、旧東海道の宿場に関する
史料は大磯、戸塚その他の宿と比較して意外と少なくこの「なりわい交流館」と、
その周囲だけに少し見られるだけで、本来の規模からいったらもっと整備され
てしかるべきだと思うのだが・・。但し、各町内の謂れを彫った石の道標はしっ
かり整備されている。
Dscf3508  
ここから小田原宿の碑


◆今日はここで止めようかと思っていたら、このおばさんと話をしているうちに
「三枚橋まであと僅かじゃない。頑張って!」ハッパを掛けられ、ついその気に
なってあと6kmほどの箱根湯本へ至るだらだらした坂道を登っていった。

Dscf3517  向こうは外郎本舗

◆箱根の夕暮れは早い。山が間近に迫っているからだ。途中国道1号線の
歩道はぷっつりと切れて、困ってしまう。道を聞きながら、早川に架かる細い
吊り橋を渡って黙々と進む。途中大きな荷物を背負った二人の若者と出会う。
聞くと横浜から京都まで歩いて旅をしているという。今晩は野宿だそうで適当
な場所を探しているそうだ。この寒空にいくら若者と云え、良くやるよと感心。


◆そうこうしているうちに、やっと目標の箱根湯本三枚橋に到着。時間はちょ
うど4時30分。総歩数36,528歩。25.5km。所要時間7時間25分。ガイドブック
によれば22.1km、5時間40分だったので、今日は過去最高の記録となった。
ここからバスに乗って小田原へ。たっぷり陽は暮れてしまった。(本稿終り)

    

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