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2011年11月12日 (土)

TPP交渉参加に思うこと

◆野田総理は昨日、賛成反対侃々諤々の中、「TPP交渉参加に向けて、関係
国との協議に入ることとした」と、何とも歯切れの悪い言葉で交渉参加を表明し
た。党内の根強い反対論や慎重論を意識した上でのことだとは思うが・・。
慎重論や反対論の根拠のひとつにアメリカの大国のエゴをむき出しにした
「世界標準」を押しつけられるからだという見方もある。


◆しかし歴史を見ると今に始まったことではない。ひとつには1853年ペリー来航
に伴い、アメリカは自国の都合により、清国貿易と捕鯨業の寄港地として日本に
開国を求め、無理やり鎖国の日本をこじ開けた。そして1858年(安政5)、日米
修好通商条約の名のもと、不平等条約を押しつけ、治外法権を認めさせ、関税
の自主権を日本から奪った。さらに不利な為替レートを押しつけられ、金銀が大
量に流出した。英仏蘭露も右へ倣いで、結局、先進各国と不平等条約を締結せ
ざるを得なかった。


◆明治になって、新政府は不平等条約改正のため、涙ぐましい努力を続けた。
岩倉欧米使節団が交渉にあたるが相手にもされない。欧米文化を取り入れよ
うと鹿鳴館接待をするが、効果は上がらない。まず刑法、民法など法整備を
経て憲法を制定。国民の血税を注いで軍備を拡張、日清戦争の勝利の後、
1894年、英国との領事裁判権(治外法権)の撤廃に成功。各国との調印を経て
ようやく5年後の1899年に施行された。さらに関税の自主権回復には日露戦争
辛勝から6年経った1911年(明治44)に、日米通商航海条約が調印されてから
のことだった。実に幕末の不平等条約締結から53年が経っていた。


◆第二次世界大戦で日本が無条件降伏したあと、GHQマッカーサー総司令部
は公職追放、財閥解体、民政、教育、憲法改正など多岐に亘ってアメリカ式
民主主義、アメリカ型スタンダードを押しつけてきた。手足をもぎ取られた日本
は良くも悪くも従うしかなく、10数年を経て戦後復興と回復を果たし、日本独自
のアイディンティティを保持しつつ、驚異的な経済成長を遂げた。


◆今回TPPという自由貿易体制の枠組みに入り、アメリカ型スタンダードの
協定に晒されようとしている。しかし過去2回の大きな節目の際、日本は大変
な苦労を強いられても、それをバネに大きく飛躍してきた。今回の障壁はそれ
らに比べて如何ほどのことがあろうか。農業問題など逆に大きく転換するチャ
ンスと捉え、知恵を結集すべきなのだ。ただし過去2回の嵐の時のように、
それを乗り越えようとするバイタリティがあるかどうかだ。どうにも今の日本を
見ていると、TPPに参加しようがしまいが、このまま沈んでしまうような、そん
な危惧を覚えてしまう。

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