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2011年11月29日 (火)

日本橋~箱根間テクテクぶらり旅 (4)後編

【藤沢~平塚~大磯】後編
◆平塚駅北口を通る旧国道1号線沿いの商店街が途切れる辺りに、江戸見
附跡がある。ここからが平塚宿で、江戸時代には旅籠15軒など200軒の町並
みが続き、人口2000人程の比較的大きな宿場だった。宿場の西の端の上方
見附までの1.5kmの間に脇本陣、高札場、本陣、東・西問屋場などの跡を表
わす石碑や表示板が続く。

Dscf3306  平塚宿江戸見附跡

◆平塚の地名の謂れは桓武天皇の祖、平真砂子がここで没したため、塚を
築いて弔ったことに起因するとされる。元は「たいらつか」と呼ばれていた。
現在、街道の中ほどを奥に入ったところに「平塚の塚」として残っているが、
時間の都合でカットする。

Dscf3313 平塚宿上方(京方)見附跡

◆ここを過ぎると花水川に架かる「花水橋」に行きつく。目前に迫る丸っこい
「高麗山」が印象的だ。橋を渡ってまもなく「高麗山」の麓にある高麗神社の
鳥居が見えてくる。

Dscf3315 花水橋の手前から見る高麗山

◆鳥居を過ぎた辺りで茅葺の民家が見られる。国道1号線に面した茅葺家と
いうのは今では大変珍しいのではないだろうか。

Dscf3316 

◆大磯宿の手前に「虎御前の化粧井戸」跡の碑がある。伝説によると鎌倉
時代の大磯の中心はこの先の化粧坂付近にあった。当時の大磯の代表的
女性「虎御前」もこの付近に住み、朝な夕なこの井戸水を汲んで化粧をした
と云う。曽我兄弟で有名な曽我十郎が小田原の曽我の里から足繁く、「虎
御前」のもとに通ったと伝えられている。


◆ここから国道と別れ化粧坂を登っていくと、化粧坂の一里塚跡の表示が
あり、さらに登ると小さな祠(堂)があった。

Dscf3320  大磯宿・化粧坂の一里塚

◆祠の傍らに絵図があって、説明がなされていた。この御堂は虚空蔵と熊野
権現を祀ったもので、大名行列もここで下馬し最敬礼をとったという。また、
ここには高麗寺村と大磯宿の境界を表わす高さ3m程の傍示杭が立っていた。

Dscf3318  大磯宿虚空蔵堂と傍示杭

◆さて、4:00になったので本日はここで切り上げ、JR大磯駅に向かう。本日
の行程、藤沢から大磯までガイドブックによると16.6km、所要4時間15分と
なっているが、万歩計では30,481歩、21.3km、正味時間4時間50分だった。
次回はいよいよ小田原、我が家の前を通ることになる。(本稿終わり)

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