« 鎌倉歴史探訪 第5回 (後) | トップページ | 日本橋~箱根間テクテクぶらり旅 (4)後編 »

2011年11月29日 (火)

日本橋~箱根間テクテクぶらり旅 (4)前篇

11月27日、旧東海道ぶらり旅を再開。今回はJR藤沢駅から前回終了地点の
遊行寺までバスで行き、そこから歩き始めて藤沢宿、平塚宿を経て大磯宿まで
を目標とした。10時10分開始というやや遅いスタートとなった。

【藤沢~平塚~大磯編】
◆藤沢宿は遊行寺の門前町として、また江の島や鎌倉、大山への参詣の拠
点として賑わってきた。現在も湘南の中心都市だが、江戸時代も人口4000人
を超える大都市だった。

Dscf3285  藤沢宿の絵図

◆3kmほど進み、国道1号線と合流した地点で大山道標と出会う。東海道と大
山道が交差する四谷辻に建てられた道標で、延宝4年(1676)の建造。江戸時
代を通じて庶民の大山参りは盛んに行われた。

Dscf3286 四谷不動(大山道標)

◆旧東海道がそのまま国道1号線になった辻堂と茅ヶ崎辺りには松並木が
残り、道の両側には昔の農家の跡と思われる大きな屋敷が続く。

Dscf3289 辻堂付近の松並木

◆茅ヶ崎駅の北側で昼食・休憩。第六天神社を過ぎ、鶴嶺八幡宮の鳥居
の前あたりに「南湖左富士の碑」がある。登りの東海道で左手に富士が見え
るのは、ここと駿河の吉原だけということだが、ただそれだけのことで「碑」を
建てるほど、昔の人は景観に対する繊細な感覚を持っていたということか。

Dscf3297
鶴嶺八幡宮の「一の鳥居」。参道は1kmの松並木が続き、小さな弁慶塚がある。

◆ここからしばらく進むと、いよいよ相模湾に注ぐ相模川(馬入川)を渡る。
馬入橋からは富士山が見え、1km先ほどの河口には相模湾が広がる。江戸
時代には日本橋からここまでの間に何度も海が望めたであろうに、平成の今
ではここまで来てやっと海が見えることになる。相模川は山中湖を水源として
相模湖と津久井湖の二つのダム湖を経て、神奈川県中部を縦に貫き、平塚
市、茅ヶ崎市の境付近で相模湾に注ぐ湘南一の大河だ。

Dscf3299 馬入橋からの富士山

Dscf3303
「馬入橋」からJR東海道線、湘南大橋その先の相模湾を見る。いつもは向こうから
「馬入橋」を見ていたが、今回初めての体験。


◆この川はかつて「馬入川」と呼ばれた。この奇妙な名の由来は、頼朝が
乗った馬がそこに「はまった」というので、馬入川と称したと云われているが、
おそらく真相は、川に架かる浮橋に馬がよく川にはまることがあって、「馬が
よく入る川」、「馬入川」となったものと思われる。それがいつしか頼朝の落
馬による奇怪な死と結びついて、伝説化したものであろう。(続く)







« 鎌倉歴史探訪 第5回 (後) | トップページ | 日本橋~箱根間テクテクぶらり旅 (4)後編 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1299847/43187489

この記事へのトラックバック一覧です: 日本橋~箱根間テクテクぶらり旅 (4)前篇:

« 鎌倉歴史探訪 第5回 (後) | トップページ | 日本橋~箱根間テクテクぶらり旅 (4)後編 »

2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ