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2011年11月18日 (金)

日本橋~箱根間テクテクぶらり旅 (3)前篇

先月29日の「2回目ぶらり旅」から少し間が空いたが、天気の良い昨日、前回
の続き保土ヶ谷宿から今回の目標、藤沢宿まで歩き始めた。

【保土ヶ谷宿~戸塚宿~藤沢宿】・・11月17日(木)
◆日本橋から保土ヶ谷宿を過ぎるまで、殆ど平坦コースだが、JR保土ヶ谷駅
から3kmほど過ぎたあたりから最初の難関「権太坂」が始まる。箱根駅伝2区
で有名な権太坂は国道1号線にあるが、旧東海道の「権太坂」は少し離れた処
を平行に登っていく。今は開発されて両側が住宅地であったり、学校があった
りするが、ダラダラした坂が1k半ほど続く。かつて旅半ばにして行き倒れた人
を埋めた「投込塚」の碑が街道から少し離れたところにひっそりあった。


Dscf3204  投込塚の碑

◆権太坂の名の由来は、ある旅人が道端にいた老人に、この坂の名を聞い
た処、自分の名を聞かれたと思い「権太」と答えたことから始まったという説
と代官の指図により権左衛門という人が切り開いた坂道であった処から、
「権左坂」と名付けられ、それがいつしか「権太坂」に変化していったと云う説
がある。新編武蔵風土記稿には前者の説が書かれているという。


◆坂を登っていくと尾根状になっており、遠く富士山も眺められる。江戸時代
には浮世絵に描かれているように江戸湾も見えたようだ。登りきった所にある
「境木地蔵尊」は武蔵と相模の国境にあり、江戸時代には境杭という木柱が
立っていた。「境木」という地名の由来にもなっている。


Dscf3206 境木地蔵尊

Dscf3207 武蔵と相模の国境の木柱

◆境木から下る坂は焼餅坂(別名牡丹餅坂)といわれ、茶店で焼餅を売って
いたところから名付けられたそうだ。ここから最後の難所「品濃坂」が始まり
途中「品濃一里塚」がある。この一里塚は道の両側にほぼ原形をとどめ、今
では大変貴重な史跡となっている。権太坂から品濃坂まで起伏に富んだ地
形が続き、旅の難所であったが、景勝地でもあったようだ。


Dscf3210 焼餅坂の碑

Dscf3212  品濃一里塚の碑

(続く)

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