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2011年11月19日 (土)

日本橋~箱根間テクテクぶらり旅 (3)後編

◆東戸塚のマンション群を右に見過ごし、1号線を4kmほど進むと「江戸方見附
跡」
の碑があった。見附とは宿場の出入り口のことで、ここから「戸塚宿」が始ま
る。戸塚駅西口で昼食、休憩。戸塚にはこれといった史跡は残っていないが、戸
塚の地名の起こりとなったのが「富塚八幡宮」で、意外と小さな神社だ。

Dscf3217 江戸方見附跡

Dscf3223 富塚八幡宮

◆関東に「大坂」という地名があっても不思議ではないが、富塚八幡宮を過ぎ
た辺りから大きな長い坂が続く。地名が文字通り「大坂」となっており、江戸時
代は170mほどの急坂だったようだ。何回かの工事を経て、幅の広い、長い
なだらかな坂に改修され、車の往来も多い。この坂が結構きつかった。

Dscf3224  「大坂」の謂れ

◆大坂を登りきって少し進むと歌舞伎「お軽勘平戸塚山中道行の場」の碑
があるが、どうということはない。ここから藤沢宿までの1号線沿いが変化に
乏しく、いやになるくらい長い。道場坂を下っていくと右側に大きなお寺の屋
根が見えてくる。この辺りが藤沢宿の東端になる。


◆この大きなお寺の屋根こそ時宗の総本山で有名な「遊行寺」だ。正式には
藤沢山無量院清淨光寺という。代々の遊行上人が法主であるため遊行寺
の通称の方が有名。時宗の開祖一遍上人は、各地を行脚しているうちに、
弘安2年、信濃で尊敬する空也上人に倣って踊念仏を始めた。5年後に京に
入り、踊念仏は爆発的に拡がった。以後16年間、日本国中に教えを説いて
回り(遊行)、賦算(お札を配る)、踊念仏で時の衆を極楽浄土へと導いた。
一遍は一所不住、諸国遊行を旨とし、寺院を持たなかった。では何故藤沢に
広大な寺院があるのか。長くなるので省略するが、制度的な面から見れば
時宗の実質的開祖は二祖他阿真教といえる。一遍の死後、自然解散した
時衆を他阿が再編したのが起源であるとされる。時宗として正式に成立した
のは江戸幕府の政策によるものだった。


Dscf3235 遊行寺の正門

Dscf3232 境内の大銀杏の木

◆ ここの大銀杏の木は幹の途中が台風のため折れ、ズングリしているが、
幹回り7.1m、樹齢推定650~700年で素晴らしく大きく見事だ。


さて今回は、遊行寺を最後として打ち上げ、バスでJR藤沢駅に向かった。
朝9:10分、保土ヶ谷駅をスタート、4:00藤沢遊行寺で終了。ガイドブックでは
16.6km、所要、4時間15分となっているが、見学や休憩、昼食、ロスタイム
を入れて6時間50分。万歩計は32、581歩、22.8kmを指していた。
(この稿終わり)


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