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2011年11月 5日 (土)

秋の京都・奈良 (2)

京都から1時間半は掛る琵琶湖の北方で、竹生島が近くに見えるホテルに宿
泊したものだから、夜は遅く着くし、朝は早く出るわで大変。それでも湖北方面
は初めてで、ちょっと足を延ばせば賤ケ岳にも、小谷城にも近い所だから、機
会があれば再度訪れたいところだ。


【第63回正倉院展】
◆正倉院展には聖武天皇の愛用品や、大仏開眼の会(752年)に献納された
品々、唐や新羅からの渡来品、古文書など9000件に及ぶ宝物が収納されて
いる。毎年秋に宝物の点検・調査が行われ、合わせて正倉院展が開催される
もので、物凄い長蛇の列だった。今年は62件の宝物が出展され、目玉は香
の銘木「蘭奢待」の号を持つ「黄熟香」と「金銀鈿荘唐太刀」の二品。


◆「蘭奢待」という文字を分解してみると「東大寺」という三文字が巧みに織り
込まれており、室町時代に名付けられたという。この銘木に三つの付箋が貼ら
れている。足利義政、織田信長、明治天皇がそれぞれ一部を切り取らせたもの
だと云う。また「金銀鈿荘唐太刀」聖武天皇遺愛の太刀で外装の華麗さは見
事なものだが、刀身そのものも、錆ひとつないいぶし銀のような光を放ち、鎌倉
期以降のいわゆる日本刀とはまるで違うもののようだ。


◆本日付けの読売新聞「編集手帳」蘭で、正倉院展のことに触れ、展示文書の
中に721年の「下総国葛飾郡大島郷」の戸籍があるという。現在の東京葛飾柴
又を含む地域で、その中に「刀良」(とら?)という男性名と「佐久良賣」(さくら?)
と云う女性名が記録されたものがあるそうで、以前から知られていたそうだ。
数多く古文書が展示されていたので分からなかったが、事前に知っていれば、
じっくり見つけたのに・・と少々残念。それにしても1,300年昔の地方の庶民の
記録が残っているとは驚きだ。


◆50年前、高校の修学旅行で奈良を訪れた時、東大寺の校倉造の正倉院の
中を見せてもらったような記憶がある。その時、例の「蘭奢待」も見たような覚
えがある。しかし昭和36年当時、地方の高校生に校倉造の中まで入れただろ
うか?という疑問は常につきまとう。逆にまだ煩くない時代だったからできたの
だとも・・・。幻だったのか、いや、やっぱり現実だったのだと記憶の底に大切に
閉まっておこう。


◆この他に、10月10日にオープンしたばかりの「東大寺ミュージアム」(国宝
12件、重文24件はじめ計60件の展示)と阿修羅像で有名な興福寺国宝館を
再訪して、帰路につく。それにしても往復バスの旅は疲れた。

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