« 日本橋~箱根間テクテクぶらり旅 (2) 前編 | トップページ | 今日から11月 »

2011年10月31日 (月)

日本橋~箱根間テクテクぶらり旅 (2) 後編

【川崎宿~神奈川宿~保土ヶ谷宿】 ②
◆さて、神奈川宿は江戸から3番目の宿だが、この宿が一躍有名になったの
は、安政元年(1854)日米和親条約(通称神奈川条約)の締結の舞台となって
からだ。その4年後に幕府はアメリカはじめ蘭・露・英・仏と通商条約を締結する。
その結果、この地の寺院に各国公使館や領事館、士官宿舎等が置かれるよう
になった。今回はフランス公使館が置かれた甚行寺と高台にあって見晴らしの
良いアメリカ領事館となった本覚寺に立ち寄った。


Dscf3070  本覚寺・アメリカ領事館の碑

◆旧東海道の台町通りを進んでいたら、古めかしい旅館のような、料亭の
ような建物が目に入ってきた。「もしや」と思って急いで近づくとまさにその、
「もしや」であった。偶然見つけると嬉しいものだ。ここは文久3年(1863)創業
「田中家」。前身は旅籠「さくらや」で、明治7年、勝海舟の紹介で坂本竜馬
の未亡人「お竜さん」が務めていた料亭だ。高杉晋作、ハリスなど歴史上の
幾多の人物が訪れていた。お竜さんは英語ができ、月琴が弾けたことから
外国人の接待に重宝されていたという。


Dscf3076

おりょうさんが務めていた料亭「田中家」

◆浅間神社を過ぎてそのまま旧道を進むと松原商店街に入る。今日は特別
の日だったのかまるで暮れのアメヨコのような賑わいで、活気溢れる商店街
だった。途中に、アザラシの「たまちゃん
」騒ぎで有名になった帷子川にさし
かかる。さして大きくもない帷子橋から川を見ると水は綺麗で、大きなコイが
悠々と泳いでいた。


Dscf3086  帷子橋から川面を見る

Dscf3085  現在の帷子橋

◆このあたりから保土ヶ谷宿がはじまる。広重の東海道「保土ヶ谷宿」に描か
れている橋がまさに帷子橋だった。但し当時と現在では川の流れる場所が
変わり、旧帷子橋跡は現在公園となって、木製の橋の一部が欄干とともに
残されている。「新編武蔵風土記稿」の帷子橋の項には「帷子橋ニ架ス板橋
ニテ高欄ツキナリ、長十五間、幅三間 御普請所ナリ」という記載が、案内板
に記されていた。それによるとかなり大きな橋だったようだ。


Dscf3088  旧帷子橋のモニュメント

◆帷子橋公園から1km程でJR保土ヶ谷駅に着いた。時計を見ると2時40分。
時間はまだあるが、これから戸塚宿にいくと5:00になる。少々疲れたので、
今日の処はこの辺で打ち上げとして、電車に乗って帰宅することにした。
ガイドブックでは距離14.6km、時間3時間45分が標準となっているが、途中
見学に時間をかけ過ぎたこともあり、正味時間は4時間50分だった。
因みに、万歩計では1日の総トータル 25,948歩、距離18.1kmを指していた。
 (この稿終わり)



« 日本橋~箱根間テクテクぶらり旅 (2) 前編 | トップページ | 今日から11月 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1299847/42769073

この記事へのトラックバック一覧です: 日本橋~箱根間テクテクぶらり旅 (2) 後編:

« 日本橋~箱根間テクテクぶらり旅 (2) 前編 | トップページ | 今日から11月 »

2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ