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2011年9月 2日 (金)

嵐の中、野田内閣スタート

◆9/2日、野田新内閣の顔触れが決まった。メディアの評価は概ね好意的で、
「野党との協力体制の推進」、「党内融和第一」とした野田氏の真摯な姿勢は見
て取れる。新代表を争う選挙の時、このブログで「鳩山・菅政権の2年間の失政の
原因を徹底的に洗い出すべきだ」ということを書いた。しかし選挙戦ではそのよう
な議論はなかった。


◆だが、始動した野田氏の言動、人事を見ていると無言のうちにその反省の一端
が見えてくる。そのひとつは政権交代時、小沢氏の主張のもとで、政策決定プロ
セスでかつての自民党スタイルを止めて、政治主導で行こうとした点だ。一見正し
いようで実はやり方を間違っていた。


◆かつてのスタイルでは党の政調会と政府の政策決定との二重行政があって、
族議員を産み出し、政府に対し様々な圧力をかけ、政策が曲げられたり、遅れ
たり、結局官僚主導となって、弊害も見られてきた。そうした事情があったことも
確かだ。


◆鳩山・菅と続いた政権では小沢氏が主導するこのスタイルを実行に移し、これ
こそ政治主導とばかり、大臣、副大臣、政務官の4~5人で問題を抱え込み、官僚
を信頼せず、叱咤するばかりで仕事も任せず、忙しいのは彼らばかり。しかも
従前からあった事務次官会議を廃止して、横の繋がりを無くし、官僚たちは自分
達の殻に閉じこもって全てが機能しなくなってきた。


◆党の政策調査会を廃止したから、今までのその中で政策を勉強し、競い合った
若手は働く場がなくなった。小沢氏は当選1回目(衆院140余、参院50余)の若手
に「選挙が大事だ。常時次に備えて支持者を増やせ、辻立ちせよ」と檄を飛ばす
ものの、政治家としての活躍の場を奪われ、結局、党務、政務、国会の役員に
つけなかった中堅議員も含め250人以上が無役となり、暇をもてあますこととな
った。(つまりは議員は半減してもやっていけるということだ)


◆勢い執行部に対して不満を持ち、選挙で面倒を見てくれた小沢氏のもとに集ま
ることとなる。これもまた党内抗争の素となる。野田氏は新内閣発足にあたり、党
の政調会長に前原氏を置き、この機能を高め、若手の働き場所を考慮している
ようだ。人は活躍の場があってこそ能力を発揮する。でなければ「早く議員を削
減せよ」と云いたい。野田氏は官僚との関係もうまく使いこなせるような体制を
とりそうだ。ただ、外交関係だけは民主党そのものが実績に乏しいので、野田、
玄葉ラインでは心もとない。ここは民間のブレーンも活用するなど実効を期したい。

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