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2011年5月23日 (月)

反捕鯨運動の本質(前)

◆NHKスペシアル「クジラと生きる」を見た。見終わったあと苦虫を噛みつぶした
ような嫌な気分になった。内容は和歌山県太地町のクジラ漁民20数人と、それを
阻止しようとする米豪の自然保護団体「シーシェパード」の争いを描いたドキュメン
ト番組。以前彼らが盗撮して製作した「ザ・コーヴ」が2009年度アカデミー賞ドキュ
メント部門で受賞したことでも話題になった。


◆そもそもこのクジラ漁は、江戸時代から続く伝統漁で、現在は太地をはじめ数か
所の漁村で細々と適法に行われているものだ。19世紀欧米列強が鯨油をとる目
的のためだけ、世界中のクジラを乱獲し、鯨肉は捨てた行為とはかなり異なる。


◆我々が子供の頃、学校給食の肉といえば鯨肉だったし、家でもしょっちゅう食卓
に鯨肉が並んだ。今は食べようと思っても高価な食材になってしまった。代わりに
肉は牛、豚等多種多様が並び、鯨肉はたまにイルカなどが少量並ぶだけ。その意
味では、クジラ漁の存在そのものが、無関心になったと云えるのかもしれない。


◆だから、これほど国際的に問題を引き起こすのであれば、廃止しても構わない
のではないかという風潮が出てきても不思議ではない。しかし、ことの本質を詳ら
かに見ると、自然保護団体と称する「シーシェパード」の偽善者ぶった態度の裏に、
目的のためには手段を選ばぬ薄汚い手法があり、この問題を金儲けの手段にして
いる実態が見えてくる。


◆何故ここまで執拗に漁民らの行動を追うのか?答えはイルカなどが虐殺される
瞬間の映像を捉え、「賢い動物が可哀そうではないか、日本の漁師はなんと残酷
なのか」とアピールして、世界中から寄付を募り、「映画」にして儲けているからだ。
さらに自分らに都合のいい映像や写真を撮ったものに賞金を出す仕組みになって
いるから、デジカメやビデオを持ったその種の人間が多数集まってくる。映像を撮る
にもますますエスカレートし、漁師の網を破ったり、出漁を邪魔したり、盗撮すること
は犯罪ではなく、動物を救う正義の行為だと嘯く。(続く)

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