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2011年4月20日 (水)

沼津漁港と若山牧水記念館

◆穏やかな春の一日、思い立ったら吉日と、箱根を越えて三島沼津方面へドライブ
に出かけた。お目当ては沼津漁港の新鮮グルメ。小田原から1時間半弱で沼津港
へ。沼津漁港入り口を跨ぐように聳える巨大な水門が眼を惹いた。(写真添付)


◆10年ほど前に来た時はなかったもので、その後津波対策として造られたとの由。
重量406tの最大級の水門の上に、水面から30m地点に展望回廊があって、そこか
らの眺望は素晴らしい。この水門は沼津港大型展望水門-びゅうおと名付けられ
た。しかし今回の東日本大震災の津波の凄さを重ねてみると、この水門がいかに
堅牢でも、その両サイドは昔のままの砂浜に、低い貧弱な土石の堤防のままだか
ら、何の役にも立たないだろうことは素人目にも分かる。


◆いつも賑あう食事処や干物などのお土産店も震災後は客足も鈍くなったそうで、
ウィークデーということもありイマイチ。以前は食事処はどこも混んで、外まではみ
出していたりした。食事の量が多いことは相変わらずだが、味の方は取り立てて
特筆すべきこともなく、まあこんなものだろう。


◆この沼津漁港の近く、通称千本松原の海岸沿いに「若山牧水記念館」がある
ということでついでながら寄ってみた。明治18年宮崎県で生まれた牧水は明治41

年23歳で早稲田文学部を卒業。以来詩歌の創作で歌壇の花形となるが、東京の
生活に疲れた牧水は温暖で海あり富士山あり、自然豊かな沼津のこの地が気に
入り、大正9年、35歳の時家族とともに移り住む。


◆以来、ここを拠点に全国各地にでかけ詩集・紀行文・随筆など数々の作品を発
表。並はずれた酒好きで昭和3年、ついに肝硬変症のためこの地で永眠した。享
年43歳の若さだった。この記念館で、改めて牧水について多くのことを知り得た。

  *今日知った牧水の作品から
  春の日の ひかりのなかに つぎつぎに 散りまふ桜 かがやきて散る

  寄る年の 年ごとにねがふ わがねがひ 心おちゐて 静かなれかし


2011_0420004
展望水門びゅうおの上から沼津漁港と市街を望む

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巨大な展望水門 上部が回廊展望、下部が603tの水門

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コメント

北原白秋は明治40年夏、与謝野寛、木下杢太郎、平野萬里、吉井勇と長崎に来たのはご存知でしたか?
長崎、平戸、島原、天草と廻った後白秋が刊行したのが南蛮文化に彩られた「邪宗門」だそうです。
 そして、5人共同執筆?して、東京二六新聞に掲載したのが「5足の靴」という見聞記だそうです。
 だそうです・・・と言うのは、お恥ずかしいですが、ガイド研修で聞いただけで、どちらも読んだことは無いのです。

コメントありがとう。沼津に「若山牧水」の記念館、全く知りませんでした。でも行ってよかったと思います。牧水は九州宮崎の出身ですが、長崎だけは行っていません。北原白秋と小田原には深い縁があるようです。是非一度訪問してみてください。

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