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2011年2月19日 (土)

菅内閣終焉の始まり

◆民主党衆議院の6人が会派離脱を表明した。党から離党しないで、院内会派を
別にするという訳の解らない行動だ。「党籍は確保しておきたい、造反して自分ら
の存在を示したい」という思惑が見え隠れする。

◆彼らの離脱理由は菅内閣がマニュフェストを次々捨てて、民主党本来の姿を変
えてしまったからだという。今や多くの人が先の衆院選のマニュフェストは財源など
の問題から無理があったとして、見直しや修正に悩んでいるのに、ただ小沢一郎氏
とその一派だけは錦の御旗のごとく振りかざしている。しかしそれは建前で、本音は
別のところにあるようだ。

◆このグループを含む多くの1、2年生議員は小沢氏が代表代行の時、秘書や個
人的な繋がりで比例名簿の下位に名前を連ねた連中で、当選した時本人が一番
びっくりしたという人もいた。いわば民主党に吹いた風に乗って棚からぼた餅式に
議席をもらった連中だ。次期衆院選では、決まった小選挙区はないし、比例名簿
に載ったとしても下位では当選は見込めない。第一こんな形で国会議員になれる
選挙制度っていったい何なのだろう。

◆また、こんな形で造反者を生みだす背景にも問題がある。小沢氏の「政治とカネ
の問題」に執行部の処分案が出たが、「俺を処分などすれば予算を成立させない
ぞ」という彼の思惑が陰で糸を引き、今回の揺さぶりとなって表れたのでないか。
野党が内閣不信任案を出せば俺の一声で同調する議員はいくらもいる。総辞職
解散は避けられないぞという脅しだろう。16人の議員も今のままでは選挙にさえ
出られないかもしれないから、「一か八か」小沢氏に掛けようという算段か。

◆政府、与党執行部にも問題がある。今回造反した16人の議員らを単に数として
しか見なかったのではないか。少なくともマニュフェストを修正、変更する場合には
彼ら1,2年生議員にも納得させるよう党内議論を進めてきたか。民主党幹部連中
に概していえることは「安易になんとかなるさ」という甘い考えが当たり前のように
見えることだ。

◆かつて福田政権のとき、衆参ねじれ現象をてこに、野党の民主党はことある
ごとに国会審議をストップさせ、国政を低迷させた。この時読売新聞の渡辺会長
は陰で動き、与党と野党の大連立を模索した。小沢氏もこの話に乗りかけたが
党内の若手実力者(現在の内閣、党の中枢)の猛反発にあって断念した。

◆このとき小沢氏は当時の民主党の若手を評して「まだ与党として政治を担当
していくには力不足だ」と言った。だがこの言葉は今にして的を射ていたという
ことがはっきりしてきた。彼らは政権交代したものの、自分らの力量を過信して
いて、いざ政権についてみると、その困難さが骨身に染みて分かったのではな
いだろうか。結局自分らが批判していた自民党政治に近くなっただけでなく、
下手に手を突っ込んだ分だけ悪くなってしまった。

◆今回の16人の離脱が菅内閣の終焉の始まりで、民主党もバラバラに割れ、
国民生活はそっちのけで、解散総選挙に向かって一挙に動き出すだろう。諸
外国からは日本の先行きは安心できないとして日本売りが始まり、国際社会
の中で取り残されていくだろう。政局のことはしばらく書かないと決めていたが
どうしても一言書き残しておかねばならない心境だ。





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