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2010年9月 3日 (金)

名横綱初代「若乃花」逝く

◆「土俵の鬼」と呼ばれた初代横綱若乃花が82歳で亡くなった。
当時小学校の高学年になると、遊びのメインは相撲と野球であり、昭和29年から
34年頃にかけて本場所になると、ラジオの相撲中継にかじりついていた。
当時横綱は千代の山、鏡里、吉葉山、朝潮などがいたが、中でも44代江戸っ子
横綱栃錦と45代横綱若乃花は、「栃若時代」を築き、二人の対決は戦後最大の
相撲ブームとなった。

◆二人とも小兵横綱でありながら、鍛え抜かれた稽古、抜群の足腰の強さ、技の
切れなどで、大男を投げ飛ばし、優勝回数は二人とも10回を数えた。特に昭和
34年の1月場所以降、若、栃、若、栃、若、一人置いて、翌35年の1月場所、栃、
若、一人おいて若、若そして11月場所には新進気鋭の関脇大鵬が優勝。時代は
柏鵬時代へと変わっていく。

◆若乃花のことについてはいろいろなメディアが報じているが、ここでは自分が
子供の頃読んだ「若乃花物語」(漫画だったかな)を思い出して記してみよう。
戦後間もない昭和21年、青森の花田少年は荒稽古で有名な「二所ノ関部屋」に
入門した。同僚には後に南海の黒豹の異名をとり、伝家の宝刀「内掛け」を武器
とした大関「琴ケ浜」がいた。入門間もない修業時代の夜、あまりの辛さに仲間
の琴ケ浜と宿舎の寺を抜け出そうとしたが、山門で兄弟子「力道山」に見つかっ
てしまう。のちにプロレスへ転身して異端児と言われた先輩関取にその場で大
目玉うを喰らう。以後二人はひたすら土俵に立って恐怖から逃れた。粗暴な
先輩もこれが縁で特別に目をかけてくれ、やがて二人の努力は実を結ぶ。


◆現役引退後も春日野理事長(栃錦)、続いて二子山理事長(若乃花)として
各界に尽力した二人であったが、今の相撲界の体たらくをどのように見ている
だろうか。

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