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2010年1月16日 (土)

邪馬台国と卑弥呼のことを考える (5)

◆さて話を卑弥呼に戻すと、卑弥呼がモデルではないか
と思われる人物として、次の
4人が候補にあがっている。
 
1 天照大神(あまてらすおおみかみ)
 
2 倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)
 
3 倭姫(やまとひめ)
 
4 神功皇后
4人だ。
◆まず天照大神であるが、これは完全に神話の世界で、
高天原にいる太陽神のこと。卑弥呼の時代に日食が2年
続けて起きていることが最近の科学調査で判っているが、
このことが天の岩戸に隠れた天照大神とのイメージと
重なり卑弥呼イクオール天照大神ではないかという説。
宮崎の高千穂には天の岩戸神社があり、天孫降臨などの
神話が多く残っているが、邪馬台国畿内説に立てばこの
説はかなり無理がある。また、卑弥呼がモデルとすれば
卑弥呼の時代のあとにこの神話ができたことになり時間
的にも無理があるようだ。

◆次に倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)である
が、彼女は第
7代考霊天皇の娘で第10代崇神天皇の叔母に
あたる。そして物事を予知する能力を持ち、神と交渉を
行う巫女的役割を持っていたらしい。さらに崇神天皇との
関係が巫女である卑弥呼と弟の関係に合致しているとの
見方もある。またあるできごとから、箸が陰部に刺さり
死んでしまうが、その際、葬られた墓が箸墓と呼ばれた。
このことから、古墳時代前期に造られたとみられる箸墓
古墳が卑弥呼の墓ではないかと今でも言われている。
このように伝説の世界の話と現実との世界が混然として
定かではない。  (続く)

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