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2009年12月 3日 (木)

小田原から見る富士山

 11月も下旬を過ぎると富士山が姿を現わす日が増えてくる。 朝マンションのドアを開けた時、白雪に覆われた富士を目の前にするとその日一日、気分がよくなる。 かって常磐線で東京に通勤していたころ、冬のよく晴れ、空気が澄んだ朝、電車の中からほんの数秒だけ遠くに富士が見える日が何日かあった。
そんな時、その日はなんだか得をした気分になった。

 富士山のビューポイントとして、静岡県側の富士市、三島市、駿河湾を挟んだ西伊豆、三保の松原等、山梨県側では富士五湖周辺、御坂峠や三つ峠等が昔から絵や写真、詩歌などで有名だ。

ところが小田原から見る富士山が題材になった文学などはあまり多くはない。確かに我が家の玄関(6階)から見る富士山は、手前にある足柄峠あたりの山並みが4合目から5合目にかけて前垂れを掛けたように広がっている。塀の上から上半身を出している感じだ。絵葉書になるような風景とはとても言えない。

 太宰治が「富岳百景」の中で御坂峠から見た富士山を「私は、ひと目見て、狼狽し顔を赤らめた。これは、まるで風呂屋のペンキ画だ。芝居の書割だ。どうにも注文どうりの景色で、私は恥ずかしくてならなかった。」と書いている。世の中を斜に見る彼一流のシニカルな見方であろう。
ところが何日かして同じところから見た富士山を「富士はのっそり黙って立っていた。偉いなあ、と思った。『いいねえ。富士は、やっぱりいいとこあるねえ。よくやってるなあ。』 富士にはかなわないと思った。念々と動く自分の愛憎が恥ずかしく(略)」と書いている。小田原にも昭和22年2月に立ち寄っているが、その時、富士山をどのように見ただろうか。

いずれにせよ小田原から見る富士山はあまり様にならないかもしれない。それでも朝、晩、昼、夜四季を通してその姿は変化しつつもそこにじっと立っている。
「やっぱりいいねえ。富士は。よくやってるなあ。」   (この稿終)

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