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2017年7月26日 (水)

最高の日本民謡--秋田音頭

日本の民謡は約58,000曲現存するそうですが、その多くが哀調を帯びた暗い感じのものや、のんびりした牧歌的なもの、小節を効かせた冗長的なものなど、生活や労働を歌ったものが多いようです。例えば追分、馬子唄、甚句、木遣りなどがありますが、中には音頭、盆歌など比較的明るい調子のものもあります。その中でも最も異彩を放っていると思われるのが秋田音頭」でしょう。日本の民謡の特徴の一つに、歌の冒頭部分や途中、区切りなどの間に掛け声や、合いの手が入ります。この秋田音頭の合いの手はとにかく、底抜けに明るいのです。リズミカルで滑稽、今はやりのラップなんかより数段もノリノリでしょう。

        秋 田 音 頭     (秋田県民謡)
(ヤートナー) コラ 秋田音頭です (ハイ!キタカサッサ ホイサッサ ホイナ-)
(コラ) いずれこれより 御免こうむり 音頭の無駄をいう  (アーソレソレ)
     お耳障りも あろうけれども サッサと出しかける
     (ハイ! キタカサッサ ホイサッサ ホイナー) *合いの手繰り返し

(コラ) 秋田名物 八森ハタハタ 男鹿で男鹿ぶりこ (アーソレソレ)
     能代春慶 桧山納豆 大館曲げわっぱ    (*)

(コラ) 秋田の国では 雨が降っても 唐笠などいらぬ (アーソレソレ)
     手頃な蕗の葉 さらりとさしかけ サッサと出て行かえ (*)

(コラ) 秋田の女ご 何して綺麗だと 聞くだけ野暮だんす (アーソレソレ)
     小野小町の 生まれ在所を おめさんしらぬのげ  (*)

(コラ) お前(め)がたお前がた 踊りコ見るならあんまり口開ぐな(アーソレソレ)
     今だばエエども 春先などだば 雀コ巣コかける  (*)


2歌詞は20以上あるようですが、代表的な歌詞をいくつか挙げました。また合いの手、掛け声などもいくつか変化もありますので、YouTube などで確認されるとよいでしょう。いずれにしろお国自慢もここまで徹底すれば気持ちがよいもの。節(メロディ)は殆どなく、秋田弁満載のコミカルな歌詞と、ラップ調でテンポいいリズムが何とも楽しいのです。三味線、笛、太鼓、摺り鉦を伴奏に滑稽な表現の方言を軽妙に展開させる民謡など他に知りません。歌詞もそうですが、踊りの振り付けも盆踊りと違って歯切れがいい。もともと即興で、おもしろおかしく歌うというのが本来でした。庶民の間では長く時事風刺や春歌としても歌い継がれていたそうですが、レコード産業やラジオ放送の出現によって、「お国自慢」の歌詞が最も有名になったそうです。 今地方活性が叫ばれておりますが、明治から戦前にかけて、日本各地が自然にお国自慢を繰り広げるほど、地方が活性化していたということなんでしょう

2017年7月22日 (土)

星影の話

♪月なきみ空に きらめく光 嗚呼その星影 希望のすがた♪ 「星の界(よ)」、
星影やさしく またたくみそら あおぎてさまよい こかげを行けば♪ 「追憶」、
星影さやかに 静かに更けぬ 集いの喜び 歌うはうれし♪ 「星影冴やかに」、
また、演歌「星影のワルツ」、「星影の小径」etc. 星影という言葉は歌や詩などでよく耳にする。だが、「星影」って何だろう。星の影? 星に影があるのか? 辞書を引くと「星の光、ほしあかり」とあり、用例として「星影の明るい夜、またたく星影」などと使われる。国立天文台 渡部潤一教授はコラム「星空の散歩道」の中で「星影とは古い言葉で、『星の光』を意味します。光があるところには必ず影がありますから、その連想で星影=星の光という言葉が生まれたのでしょう」と書いている。


Photoところで、同氏は地球上の物体に影を生じさせる天体は、太陽、そして金星、さらになんと天の川の四つだけだという。確かに月は満月の澄み切った夜に自分の影をはっきりと地面に映し出したことを体験している。
金星は太陽と月を除けば最も明るい天体だ。「明けの明星の場合は、夜明け前の暗いとき、地平線から上がったばかりの頃、宵の明星の場合は逆に夕闇が消えて、西の地平線に沈みかけた頃、それぞれ白い紙の上に手をかざしてみると、金星の光で影ができているのがわかる」という。都会では無理だろうが、何もない自然の中で試してみる価値はありそうだ。

さて、もう一つの天体天の川は最近では見ること自体難しい状況であるが、子供の頃九州の西の片隅でも空気の澄んだ夜にははっきりと見ることができた。光害がなく、透明度が高い夜空が見えるところでは天の川の光で、地面に自分の影ができるそうだ。と言っても我が国では無理のようで、南半球のオーストラリアの原野で見られたという体験を渡部教授はコラムに書いている。

「天の川の中でも最も明るい部分は、夏に見えるいて座の方向。いて座の方向とは天の川銀河の中心部で、凸レンズ状の最も厚い部分だ。2000億個もの星の大集団『天の川銀河』を横から見たもので、その方向が太く明るく見えるという。いて座は南半球の中緯度では頭の真上にやってくるから、確かに影は作りやすい。天の川が真上に来るような場所では影ができるのも不思議ではない」という。

さらに続けて、「オーストラリアの中心部、アウトバックと呼ばれる乾燥地帯に出かけた。地平線までほとんど減光のない透明度の高い夜空に、深夜になると天の川の中心部、いて座が真上にやってきた。すると、あたりはほのかに明るくなっていった。白いシートの上に立つと、ぼんやりとした自分の影が銀河の中心と反対方向にできているのがわかった。手をかざして動かすと、それにつれてぼんやりとした手の影が動くのが見えた。確かに天の川で影ができたのです。」(要旨)と書いている。あんなかすかな星明りで影ができる。まさにこれこそ正真正銘の星影だ。
(参考:国立天文台教授 渡部潤一氏のコラム「星空の散歩道」より「星影を楽しむ」)

2017年7月16日 (日)

安倍総理の責任問題と今後の政局の展望

◆安倍総理の責任を声高に叫び、「辞めろコール」が澎湃しても、総理自ら辞めると言い出さない限り、替わる可能性はゼロに等しい。総理はよほどのことがない限り、集中予算委員会を乗り切り、来月早々に内閣改造を断行して、政権の立て直しを図るだろう。野党の弱体化と自民党内に有力な後継候補者が不在の中で、政権は継続されていくというのが大方の見方だ。今、自民党の中で次期総裁候補者と言えば、石破氏か岸田氏。しかし石破氏は党内人気がイマイチで、岸田氏はまだ線が細い。こんな状況だから、かつての自民党のように「党内抗争をやってでも」という強力なパワーも気力も見られない。結局、来年9月の総裁の任期満了に伴う「総裁選」を含めて、選挙なしに首相が交代するということはあり得ないだろう。

◆いくら内閣の支持率が下がり、自民党政権にNOを突き付けたとしても、総理が解散総選挙をして与野党が逆転しない限り、政権交代はあり得ない。国民はかつての民主党政権の悪夢を鮮明に覚えているから、民進党連合政権にも拒否反応を示すだろう。まして共産党が政権の一翼に入ることなど考えられない。唯一考えられるとすれば、韓国の民衆が朴槿恵大統領を弾劾裁判に懸けようと100万の民衆がモを繰り広げたように、多くの国民がムードに乗って十重二十重に国会を取り囲むようなデモを展開すれば、総理を辞任に追い込むことは可能だ。しかし、安倍総理が国家を貶めるような大逆を犯しただろうか? デモには世情を混乱させることを目的にして扇動者が現れてくることは必至だが、国民がそれに乗るほど愚かだとは思えない。

◆一つの可能性として、都議会議員選挙で「都民ファーストの会」を率いて大勝利させた小池百合子都知事が、次は国民ファーストの会を立ち上げ、国政に打って出るケースだ。すでに国会内に受け皿を作る動きが見られる。若狭、長島、松沢、渡辺喜美など一癖も二癖もありそうな連中ばかり。「俺が、俺が」で纏まるのか。小池氏本人が国政に転じるケースは最短で、来年11月の衆議員任期満了に伴う解散総選挙になる。そのときは小池チルドレンを大量に引き連れて出るかもしれない。しかし、知事の任期を1年8か月ほど残したまま、都政をほったらかして出るのが得策か

◆やはり都知事を一期務め上げ、言うところの都政改革を成し遂げて、東京オリンピックの名誉ある大役を果たしたあとに国政転出というシナリオがベストだろう。この場合都知事の任期は2020年8月1日までだから、ギリギリ開会式には間に合うが、すでにこれよりひと月以上前に二期目の選挙戦に突入しているから、立候補するかどうか態度を表明していなくてはならない。(オリンピック開催は7月24日から8月9日まで、9月にはパラリンピックもある)これは大きな賭けとなるだろう。国政の受け皿が本年12月までにできたとして、小池氏本人が国政に出るのが、2020年8月以降とすれば、3年近く国会に党首不在のまま、国民ファーストの会が続くことになる。かつての橋下徹氏の大阪維新の会と、日本維新の会を連想させられるが、その頃小池ブームはまだ続いているのだろうか。政界とはまさに一寸先は闇そのものだ。
Photo

内閣支持率低下、加計問題の本質を探る

◆稲田防衛大臣ら安倍内閣の閣僚たちの言動に対する批判が集中している。また自民党一強の緩んだ環境の中で、二回生議員たちの言動がメディアの格好の餌食になっている。問題ある閣僚達をすぐには更迭できない優柔な任命責任も問われている。そして何より総理自身の加計学園問題等の説明責任を果たしていないという国民の不信感が相俟って支持率が大幅に急降下、このままでは30%割れも目前となってきた。

◆ここにきて安倍総理が「加計学園」の獣医学部新設問題を巡る国会の閉鎖中審査に応じる方針を決めた。なんともはや遅きに失した感があるが、対応を誤ればすべて言い訳に取られる可能性が高く、火に油を注ぐことにもなりかねない。ここは誠心誠意説明を尽くすしかない。野党の候補はまるで検察官気取りで、総理の首を取ることだけを手柄と考え、その後の政治の形やあるべき姿が見えてこない。「倒すまでが仕事、後はどうなろうと知ったこっちゃない」というのが本音だろう。

◆そもそも安倍総理は政治を混乱させた責任を感じていても、辞めなければならないとは感じていないだろう。「加計学園」獣医学部新設問題に絡み、便宜を図った見返りに金銭でも受け取っていたとするならば、これはもう辞任どころの騒ぎではなくなる。結局加計問題の本質は、獣医師会の在りように関する見解の相違の対立と言ってよいだろう。即ち、これ以上獣医師を増やす必要はないとする、獣医師会、既存の獣医学部関係者、認可管轄する文科省など、所謂岩盤規制と言われる人たちが一方の勢力だ。

◆一方、地方公務員としての産業獣医師が絶対的に不足しているとして、獣医学部の創設を希求し、10年以上も誘致活動続けてきたが、厚い岩盤に跳ね返されてきた愛媛県・今治市、それを利用し経済特区に指定して岩盤に穴を開けようとした安倍内閣、早くから指名に名乗りを上げて運動してきた加計学園側、この二つの対立が根本構図だ。

◆この場合の内閣の経済特区構想はいささか無理があることは確かだが、内閣総理大臣が文科大臣の上にあるのだから、真に設置が必要であるならば、特区などの搦手を使わなくとも正面から堂々と根拠とデータを示し、文科省を説得すればよかった。しかし結果は腹心の友人ということで、疑念を抱かれる結果となったことは戦略の見誤りだろう。こうなった以上どちらも引くに引けなくなったが、裁判に訴える問題でもなかろう。今「四条件がどうだこうだ」と議論したところで、埒が明くまい。平行線のまま続くだろう。将来のことは誰にも予測はできない。10年後、20年後獣医師会の現況を見た時、答えは出ているのではないだろうか。

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2017年7月11日 (火)

梅雨明け間近

◆梅雨明けを思わせるような、真夏の陽射しが二日続けて降り注いだ。そう言えば、昨日の朝(7/10)、今年初めてセミの鳴き声を聞いた。去年は11日に初鳴きを聞いている。去年より1日早まったことになるが、それだけ温暖化が進んでいるのだろうか。カラーっと晴れているようで、ムシムシした湿気は居座っている。梅雨はまだ明けていない証拠だろう。

◆北部九州の福岡県と大分県に跨る地域で、集中豪雨の被害が凄まじい。遠く離れた有明海で遺体が発見されるなどあまりにも痛ましい。近年、茨城県常総方面、広島県などの集中豪雨のように毎年のように大災害が発生しているが、水害に限らず、地震、津波、台風、大火事、竜巻など日本に住んでいる限り、どこにいても災害に襲われる危険性と隣り合わせだ。これだけはどうすることもできない宿命と諦めるしかないのだろうか。

◆鴨長明の方丈記の一節を読み返す。日本民族は遊牧民や石造りの家に住む民族とは全く異なるイメージの棲家に住んでいる。当時の日本の住居の災害時の弱さは、はかないイメージそのものだが、現在でも大災害の前には大差はないといってよいだろう。長明は大火、辻風(竜巻)、飢饉、地震などの災害を経験している。棲家のはかなさを感じるのであれば、堅固な家に住めばよいわけだが、長明は一丈四方(四畳半の広さ)、つまり方丈の庵に閑居し、安静を得た。人の命のはかなさは水の泡のようなものだと、はかなさに徹する美学を実践した。すべての執着を捨ててしまえば怖いものはないのかもしれないが・・・。

2017年7月 7日 (金)

七夕の夜に思いを寄せて

◆今夜は七夕。そもそも「七夕」と書いて「たなばた」と読むのは何故だろうか?ものの本によれば、いにしえの日本の禊(みそぎ)行事として棚機(たなばた)というものがあった。選ばれた乙女は「棚機女」(たなばたつめ)と呼ばれ、機屋はたや)にこもって神様の為に心をこめて棚機を操作して着物を織った。乙女が織った着物を棚に備えて、神様を迎え、秋の豊作を祈り、人々の穢れを祓うというものだった。奈良時代に遣唐使によって「織女、牽牛の星の伝承」が伝わり、織姫・彦星となって、宮中行事に取り入れられた。やがて仏教のお盆を迎える準備として7月7日の夜に行われるようになり、「七夕」と書いて「たなばた」と読むようになった。

2◆しかし、今夜は「織姫と彦星が1年に1度のデートを楽しむ」なんてロマンティックな話はさて置いて、天の川を挟んで夏の夜空に輝く、こと座のベガ(織姫)とわし座のアルタイル(彦星)、この二人の橋渡しをする白鳥座のデネブの話を天文の観点から調べてみた。夏の夜、浮世の喧騒を離れて、天の川を背景にこの三つの星が描く「夏の大三角」に思いを寄せるのも一興かと・・。


◆地球から見える天の川は「天の川銀河」と呼ばれ、渦巻き状の銀河横から見たものだと言われている。大きさ・形状は直径約8万~10万光年のディスク状で、厚さは中心部で約1万5千光年、周縁部で約1000光年、凸レンズ状の形状を持つ。銀河には約2000億~4000億個の恒星が含まれていると考えられている。太陽から銀河中心までの距離は約26,000~35,000光年と見積もられている。

Photoしかし、銀河系が普通の渦巻き銀河ではなく、中心部は棒渦巻銀河であると考えられるようになったのは1980年代になってから。中心には超大質量ブラックホールがあると考えられている。相対的なスケールを考えると銀河系を直径130kmに縮めた場合、太陽系は約2mほどの大きさになるという。銀河系の中心は地球から見て、いて座の方向に約3万光年離れた所に位置しており、いて座Aの中心部に超大質量ブラックホールが存在することが確実視されている。(写真は棒状渦巻銀河の想像図)

ベガ織姫)は、こと座でもっとも明るい恒星で、地球から比較的近く、およそ25光年の距離にある。この星には塵のリングが見つかっており、惑星が存在するのではないかと考えられている。また、この星は写真に撮影された最初の恒星でもある。西暦13,000年頃には北極星になるらしい

アルタイル彦星)は、わし座で最も明るい恒星。非常に若い恒星(おそらくは数億歳)であるため、水素の核融合反応によって生じたヘリウムが中心核を形成し、35億歳前後で赤色巨星へと変化して最終的に白色矮星になると考えられている。

デネブ白鳥座で最も明るい恒星。質量で太陽の15倍、半径は108倍、光度も太陽の54,400倍以上と、恒星としては非常に大きくて明るい白色超巨星である。ベガやアルタイルは質量や半径が太陽の2~3倍程度、光度も太陽のせいぜい数十倍程度であり、夏の大三角形の中ではデネブだけが突出している。3つの星が肉眼でほぼ同じ明るさに見えるのは、デネブだけが太陽系から極端に離れているからである。(太陽からの距離は約1400光年と推定) 仮にベガの位置にデネブがあったとすると、金星の最大光度よりも15倍も明るく、三日月とほぼ同じ明るさの点光源で見えることになる。デネブは恒星進化論に従えば、数千万年後には赤色超巨星を経て超新星爆発を起こして、中性子星かブラックホールに進化すると考えられるそうだ。いやー、宇宙って面白いですね。

2017年6月29日 (木)

小涌園の岡田美術館を見学して

◆大涌谷からの帰り道、小涌園に寄り道して2013年10月にオープンした岡田美術館を見学してきた。新しいだけに箱ものとしてはかなり立派だ。入館料も2800円とかなり高め。岡田の名が冠となっているところから、箱根美術館や熱海のMOA美術館を手掛けた岡田茂吉氏(世界救世教教祖)と関連があるのかと思いきや、この美術館はまるで別物で、日本のパチンコ王の異名をとった岡田和生氏が開館した美術館とのこと。
パンフレットには岡田氏の詳しい経歴など触れていないが、NETで調べてみると同氏はパチンコ機やパチスロ機、ゲームソフトなどの大手メーカーのユニバーサルエンターティメントの創業者で現会長、そして美術品の収集家でもあった。1999年の高額納税者番付で全国総合1位に上り詰めた大富豪で、近年は海外で高級カジノを展開しており、「カジノ王」としても知られるそうだ。

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(エントランスから展示室に入る廊下の壁面に見上げるような「風神・雷神図」が聳えている。全体を観るには建物の外に立って観ることになるが、一枚の写真では納まらない。)

◆この美術館は敷地面積6278㎡、延べ床面積7714㎡、5階建ての最新設備を備えており、規模では箱根地区で最大級の「ポーラ美術館」に匹敵し、東京の根津美術館の2倍ほどになるそうで、民間美術館としては日本最大級とのこと。
美術館の価値は言うまでもなく、収蔵する美術品の価値によるものだが、展示品の大半は陶磁器で、中国の景徳鎮や韓国の高麗・李朝のものをはじめ、日本の古九谷・鍋島、野々村仁清、尾形乾山の京焼など質量・豊富で、2フロワー分は優に占めている。


◆また絵画は桃山・江戸時代から現代までの日本画を中心に、鎌倉時代の仏画、室町時代の水墨画など多岐に亘っている。名だたる作家の作品は枚挙に遑がないが、特筆すべきは喜多川歌麿「雪月花」三部作(「深川の雪」、「品川の月」、「吉原の花」)のうち「深川の雪」だろう。テレビで一度見て初めて知ったが、肉筆の実物を見て、改めてその大きさと精緻さに驚かされた。浮世絵としては最大級の大きさだろう。

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なお、「吉原の花」は現在アメリカ・コネチカット州の美術館にあり、このほど138年ぶりに日本に帰省し、7月28日から10月29日まで、岡田美術館で同時展示会が開催されるとのこと。残された「品川の月」は米・ワシントンD.C.の美術館が収蔵しているそうで、今回は原寸大の高い精細複製図を制作し、三部作を並べて公開するとのことで、この夏から秋にかけて話題を集めそうだ。

◆岡田美術館には屏風絵、障壁画の他に、蒔絵、漆工、仏像、彫刻なども散見されるが、これらはメインではなく、たまたまコレクションの中にあったという感じ。浮世絵の「春画」コーナーもあるが、ちょっと見落としそう。創業者の岡田和生氏は名誉館長で、実際の館長は日本美術史家の小林忠氏(1941年4月生)。日本の美術史学者、国際浮世絵学会会長、江戸時代絵画史の研究家でとくに浮世絵に詳しいとのことで、なるほどと納得。

2017年6月28日 (水)

箱根大涌谷久々の空中散歩

先週末、箱根のアジサイ鑑賞と、再開された大涌谷ロープウェイに乗って空中散歩を楽しんできた。アジサイの方は少々時間が早かったせいか、花も小さく色合いもイマイチだったが、ちょうど今頃見ごろだろう。

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箱根登山鉄道塔ノ沢駅
Dscf4735 箱根阿弥陀寺(2015年)

◆空から見る雄大な大涌谷の景観と噴煙は轟音をバックに箱根観光の目玉であることは疑いないところ。整備された大涌谷では黒たまごを食さない訳にはいかない。1個食べれが寿命が7年延びるという触れ込みだから、計算ではすでに70年以上延びている訳だが・・。残念ながら黒たまごを茹でている熱湯の温泉場まではまだ立ち入り禁止だ。早く解除してもらいたいものだ。

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◆そもそも2011年の東日本大震災の影響ではないかと見られる火山性群発地震が大涌谷周辺で増加したのが2013年2月だった。その回数が徐々に増えて、2015年5月には噴火警戒レベルが1からレベル2まで引き上げられた。(6月にはレベル3まで引き上げ)それに合わせて、周辺道路の通行止め、箱根ロープウェイの運休など、観光は風評被害もあって大打撃を受けた。その後、昨年に入って地震活動の安定が見られ、7月には火山ガス濃度の低下も見られたため、7月26日ようやく大涌谷~早雲山駅間で運行が再開され、約1年3か月ぶりに全線運転再開となった。その約1年後に久しぶりに訪れたという次第。

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数年前の黒たまごを茹でる現場

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「冠岳」の斜面に噴火の後を残し、箱根の最大のスポットとなっている。(続く)

2017年6月25日 (日)

郷土愛と愛国心

◆「この国が気に食わない、社会が嫌だ、政治が嫌だ」と言って、国や社会に対し斜に構えている人でも、オリンピックで日本選手が活躍したり、サッカーやラグビーのワールドカップで強豪相手に必死に戦っている姿を見れば、自然と応援に力が入るようになる。何故だろうか?それは人として意識しようがしまいが、日本人のアイデンティティという根源的なものが自然発生するからではないだろうか。ここに一種の愛国心が芽生える素地がある。これが行き過ぎて、観客同士の小競り合い、反発、暴動などに発展することがあるが、これはもう愛国心とは言えない。単に民度の低さを露呈しているに過ぎない。

◆同様に人は自分が生まれ育った郷土に愛着を感じるものだ。それは年齢を重ね、郷土を離れて遠くに住むほど、その思いは強くなる。自分は九州長崎の出身であるが、青春時代にはどこか遠い所、有体に言えば都会に住みたいと思っていた。そして半世紀を過ぎ、東京も含めていくつかの知らない土地に住んで、今は神奈川県小田原に住んでいる。そうして住んだところはそれなりに愛着を感じている。多分北海道に生まれ育っていても、沖縄に生まれ育っていても長崎と同様に郷土愛を持ったに違いない。都会に生まれ育っていれば、その人にはそこが郷土であり、そういう意味では日本全国にそれぞれの郷土愛があることが自然の成り行きというものだ。それが愛国心に発展するものであり、逆に言えば郷土愛の希薄な人は愛国心も希薄になると言えよう。

◆ケント・ギルバート氏著作の「儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇」を読んだ。長年日本と日本人について探求し、日本人が気づかない視点からの指摘や論評など、一読に値する。この書を読んで改めて中国や韓国に生まれ育たなくてよかったとつくづく思う。「愛国心」の観点がまるで違うのだ。氏は言う。最近の日本でも「」に対する意識が薄れてきているように思う。これはGHQによる戦後日本人の洗脳工作で、「日本は戦争で悪いことばかりした」と刷り込まれたことが大いに影響しているというのだ。

◆即ち、「国家に忠誠を尽くすことは非民主主義的であり、非人間的であり、ファシズムそのものであり、愛国心は悪だと思い込んだ国民は自分の祖国に誇りを持てない。国民の精神が荒廃すればその国の衰退は必然だが、GHQの洗脳教育の狙いはまさにそこにあった。この悪影響が大半の日本人の心の底流にある」と喝破している。日本人は本来「」の精神から出発し、そこから「」よりも「」を重んじる精神を培った。中国、韓国は全く逆で「公」より「私」の精神構造に支配されているという。思い当たる節は山ほどある。

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2017年6月22日 (木)

君子は未然に事を防ぐ

◆安倍総理と前川前文科省事務次官、この二人に共通した言葉を送りたい。それは「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」という中国の故事の言葉だ。この言葉の前には「君子は未然に防ぐ」という言葉がついている。
森友学園問題と加計学園問題、この二つの問題は内閣支持率を大きく引き下げる結果をもたらした。昭恵夫人との関わりがあったり、個人的に親しい友人関係があったことなどは、「瓜がなる畑に入ろうとしたり、スモモの樹の下で帽子を触ろうとしたようなもの」。たとえ果実を盗まなくとも(法を犯さずとも)、充分疑いを持たれる行為だった。


◆また加計学園問題で、安倍内閣と敵対することになった前川事務次官が「女性の貧困と子供の貧困問題実態調査」と称して、新宿歌舞伎町の「出会い系バー」に出入りしたことも、同様の疑念を持たれる行為だった。本来こういう疑いを持たれる恐れがある場合、人の上に立つものは未然に避けるものだ。これを「君子は未然に防ぐ」という。
同じような過ちを犯しながら、安倍総理・官邸側と前川前事務次官に対するメディアや世間の見方は大きく異なる。それはことが発覚した後の両者の対応の違いによるものだろう。「友人だからと言って有利に取り図ろうとしたことは一切ないと言い切る側と、それを忖度する数々の文書の存在を主張する側の対立。結局リスク管理を軽く見た側の初動の対応の不味さが後々尾を引き、内閣不信任案を出され、真相究明のための臨時国会の開催を要求される始末。こんなことに関わっている場合じゃないはずなのに、拘わらざるを得ない状況になってしまった。


◆一方、文科省の天下り人事問題の責任をとって(とらされて)、事務次官の職を退任した(させられた)前川氏は、退職金をガッポリもらって退任し、政府側のリークによるとされる「出会い系バー」への出入りのことは正直に認め、経緯を説明して謝るところは誤り、官邸の横暴については批判することも忘れない。

◆その結果、安倍さんの評価は日ごとに下がり、前川氏や文科省側はいじめられた被害者のように見えてきた。このことは何を物語っているか。論語に曰く「過ちては則ち改むることに憚ること勿れ」と。また曰く「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」(人は誰でも過ちを犯さないものはない。問題は過ちを改めるかどうかである。つまらない人は自分の過ちを弁解し、飾ろうとするが、優れた人はすぐに改め、一つの過ちを一つの貴重な体験とする。また、人間である限り、過ちのないものはない。本当の過ちとは過ちと知りながら反省を怠り、改めないことだ。=中国古典名言事典より)
野党は千載一遇のチャンスとばかり責め立て、与党は何とか逃げ回り、取り繕うとする。こうした日本の動きに政治の劣化を感じざるを得ない。政治の劣化は日本の劣化に他ならない。こうした動きとは関係なく、世界は動いている。これでいいのか日本!

2017年6月19日 (月)

時の流れを感じる今日この頃

梅雨の谷間にポッカリ空いた隙間、その間から夏の陽射しが顔を出した。すっきり、爽やかな風が肌に心地よく、昨日までのジメジメした空気をどこかに吹き飛ばしてくれたようだ。世の中、いやな事ばかり続くが、梅雨の谷間に晴れ間があるように、いいこともある。そんなことを期待して日々の暮らしを送っている。

年を経るとともに、時間の流れも速くなる」とはよく聞く話だ。そんなことを人生の峠を越えたあたりから、実感として感じている。 ある大先輩から聞いた話によると、
「10歳の時に感じる時間を1とすると、20歳で1.4倍、50歳で2.5倍の速さになるという。年齢比の平方根で時間の感覚が短くなるのだそうだ。20歳と80歳では年齢比が1:4だから、その平方根で2倍違うという事になる。自分の場合、10歳の時と比較すると2.7倍も時間の流れが速くなっていることになる。
確かに少年時代の夏休み40日間は長かった。暇で長かったのではない。充実して長かったように思う。時間だけではない。距離も長く、空間も広かった。因みに60歳の頃小学校の校庭を訪れたことがある。「えっ!こんなに狭かったか」と驚いた。そんな経験は誰しも持っているだろう。空間も年齢比の平方根で感覚が狭くなるのだろうか。


「歳月は人を待ってくれない」という。70の峠を越えた今、むなしく馬齢を重ねただけだろうか。いや、まだまだやり残したことはある。限られた時間の中で、日々ひとつづつ片づけていくしかない。
ベランダのハイビスカスが今を盛りと咲き誇っている。これも普段から過保護にならない程度世話を焼いているからだろう。この花のようにもうひと花、ふた花咲かすような野心は持ち合わせていないが、「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」で、良い方に変わっていくよう、残された齢を過ごしたいものだ。


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  (2017年6月19日、ベランダで)

2017年6月12日 (月)

巨人もう少しで新記録、残念!(下)

【選手について②】 ☆巨人の場合、即戦力を求めて、ドラフト以外にピークを過ぎた選手をやたら連れてくる。それらが期待通り活躍すればよいが、巨人という独特の雰囲気に呑まれてなかなか思うように働かない。むしろ若手のチャンスの芽を奪っている感すらある。ファームの選手がようやく一軍に上がったとしても、少ないチャンスに結果が出せなければすぐに二軍落ち。この繰り返しだから若手がなかなか育たない。球団カラーとして紳士的であることが求められる。これも野武士的な集団と対峙した時に精神的弱さを露呈する一因でもあるのではないか。
他球団に比べて外国人選手の成績が、平均より劣っているように見える。これはスカウトの能力差ではないのか。その証拠に他球団で活躍した外国人選手をFA、その他で獲得するケースが多くみられる。日本での実力が目に見えているので、ある程度安心という意味があるのだろう。巨人の外国人選手で記憶に残る選手はクロマティぐらいか。外国人選手のスカウト能力向上も大きな課題だ。

【応援するファンについて】 巨人ファンの応援態度は紳士的で大人しく、買っても負けても、黙々と応援に詰めかける。大量に。これが必要以上に選手にプレッシャーを与え、ここ一番で力が入りすぎ、結果に結びつかない。逆にどんな場合にもファンはついてきてくれるという安心感があり、選手を甘えさせていることに繋がっているのではないか。結局、巨人ファンが巨人をだめにしていると言えるのかもしれない。かつて王監督はダイエー監督時代、ファンから卵をぶつけられたことがあった。そこまで熱狂するのもどうかと思うが、選手にもう少し厳しくてもよい。

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【最後に】 巨人はいったん落ちるところまで落ちた方が良い。そして球団首脳部を一新するところから出直すべきだ。過去の栄光は捨て、中長期的な眼で球団の戦略を打ち立てるところから始めるべきだ。その戦略に沿ったチーム作りから初め、監督(生え抜きにとらわれず、人心掌握に長け、確とした野球観を持ち、理論と実践を兼ね備えた優れた人材)を抜擢し、いったん決めたら全権を委ねて任すべきだ。さらに選手育成に実績あるコーチ達を集め、短期・中期の目標を定めて戦力UPを図り、コーチの評価も客観的に実施すべきだ。
巨人軍終生名誉監督の長嶋茂雄氏は引退セレモニーで述べた。「我が巨人軍は永久に不滅です」と。(終り)

巨人もう少しで新記録、残念!(上)

◆巨人が13連敗と球団ワースト記録を更新した。やっと連敗を脱したと思ったら、また2連敗。どうせなら連敗を続けて新記録を作ったらと思ったのが・・。
連敗期間中の低迷ぶりを見るにつけ、まるで勝つ気がしなかった。「打てない、投げれない、守れない、チャンスに弱く、ピンチにもろい、やることなすこと空回り・・」まるで何かに脅えているのか委縮しているようだ。逆に対戦相手の伸び伸びとした溌剌な動きばかりが目に付く。負の連鎖とはこういうことを言うのだろう。


◆こうした現状に素人の意見など歯牙にもかけないだろうが、60年来のファンの一人として、どうしてもこれだけは言っておきたい。
【監督について】 野球は選手がやるものであるが、団体スポーツである以上、チームの指揮官である監督の裁量は大きなウェイトを占める。巨人は伝統的に名選手・人気選手を監督に起用するが、名選手イコール名監督とは限らない。9連覇を遂げた川上監督は例外で、長嶋、王、原監督らは名選手ながら監督の苦節も経験して、一応の実績を上げた。

しかし、古くは巨人を追われた三原、広岡、森祇昌監督らは智謀・知将と言われたように弱小球団を率いて優勝できる強豪球団に育てあげた。人気は二の次でも、将として優れた才能のあるものを見出し、抜擢することが必要だ。時に球団首脳部と意見の衝突はあっても、大きく受け止める度量が求められる。現役時代の人気と球団好みの紳士的キャラだけの監督ではこの低迷は当分続くだろう。生え抜き主義にこだわるのもよいが、他に広く人材を求める大胆な発想があってもよい。由伸監督の暗い顔を見ていると、球団、監督お互いに不幸さえ感じる。

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【選手について①】 ドラフト制度が発足して半世紀以上経った。この間戦力が均衡化して優勝経験のないチームはなくなった。クジによる運・不運ということもあるが、長い目で見れば選手の能力を見出すスカウトの眼力、獲得した選手の才能を引き出す育成力の差が如実に表れてくる。広島などはもっとも成功している例だろう。総じて他球団の選手は、のびのびと思いのままやっているように見え、巨人の選手は見えない糸に縛られて、委縮してしまっているように見える。(続く)

2017年6月 6日 (火)

小田原提灯作りの話

Photo◆JR小田原駅の改札を出ると、目の前に天井からぶら下がった大きな提灯が目に入る。また、小田原漁港の入り口の防波堤には灯台の役目を兼ねて、大きな小田原提灯が建っている。小田原と提灯と言えば、童謡「お猿のかごや」が思い浮かぶ。
江戸時代、旅人の間に暗い夜道の携行に適し、しかも旅にマッチした提灯のニーズがあった。東海道の宿場町であった小田原ではそうしたニーズを汲み取って商品開発した。言い伝えでは小田原在住の職人・甚左衛門が、畳んだ時に胴の部分が蓋に収まるように造ったのが最初と言われる。即ち、明るいときにはコンパクトに折り畳んで収納し、暗くなれば伸ばしてぶら下げ、足元を照らすという画期的なものだった。


Photo_2◆小田原提灯として全国的に有名になったが、提灯の産地として現在も存続しているのは、八女提灯岐阜提灯讃岐提灯などごくわずか。小田原では2015年5月時点で、提灯屋自体が2店のみで、まさに風前の灯となっている。
それは提灯の用途を考えると当然の成り行きだった。盆提灯や御神燈など祭礼・儀式に使われる高度な職人技を必要とするものは伝統技法を伝えた有力な産地のみが残った。小田原提灯は懐中電灯に取って代わられ、民芸品、インテリア、土産物などとして細々と生き続けるしかない。年一度小田原提灯祭りの時のみ、息を吹き返す。普段は体験ツアーのツールとして観光客相手や小学校の工作体験に供している。


◆そうした中で、小田原なりわい交流館に孫たち家族を案内して提灯づくりを体験させてみた。ボランティアの指導者がついて、教え、手伝ってくれるので誰でも簡単に作ることができる。費用は材料費込みで1000円。時間は1時間半ほど。作ってみて、江戸時代に大人気商品となった訳が少しは分る気がする。細い竹ひご10数本を型にリング状にまとめ、予めデザインされた和紙を張り、蛇腹状にして上蓋にそれら胴の部分が全て収まるようになるから、最小の体積となり、携行には最適状態になる。また、通常の提灯とは異なり、中骨が平たく、紙との糊代面積が大きいために剝がれにくく、雨や霧に強かったとのこと。そして作業工程は比較的に簡単なため、安価であったという。しかし実用品には芸術的・美術的価値は皆無であった。

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小田原なりわい交流館:かつては鰤御殿と言われた建物を移築したもの。)

2017年6月 2日 (金)

復元された大磯「旧吉田茂邸」を訪問

◆戦後日本の復興の礎を築き、その後の保守・親米路線を決定づけた政治家吉田茂。「ワンマン宰相」、「バカヤロー開散」、「大磯詣で」、「吉田学校」など数々の逸話を残し、昭和42年(1967)に没し、戦後初の「国葬」で葬儀が行われた唯一の政治家である。(因みにその後国葬は廃止され、1975年6月に佐藤栄作の葬儀が国民葬で行われた)。

吉田茂は昭和20年から、生涯を閉じた昭和42年まで、養父の後を継いで大磯の別荘を本邸として過ごした。約9000坪の敷地に900㎡の邸宅は「吉田御殿」とも呼ばれ、政界引退後も多くの政治家が「大磯詣で」を行い、内外の賓客はもとより、当時の皇太子と美智子妃殿下も招かれた。没後、邸宅は西武鉄道(大磯プリンスホテル)に買い取られたが、地元住民の保存運動が起き、近代政治史の歴史文化遺産として保全・活用が検討された。2012年から神奈川県の管理下に置かれ、隣接する「県立大磯城山公園」の拡大地域として一般公開されることが決定。ところがその矢先、2009年3月、漏電が原因と見られる火災が発生、総ヒノキ造りの本邸が全焼してしまった。

◆余談ながら筆者は2006年夏、小田原に越して以来、国道1号線に面した吉田邸前を何度も往来していたが、焼失する前に一度だけ邸内を見学したことがある。但し、建物の中には入れず、広大な庭と銅像を見学しただけだった。旧吉田邸は大磯町が町有施設として再建することになり、本年4月ようやく復元工事が完了した。公開から2ヶ月足らずで入館者が年間目標の3万人を突破したという。その直後、先週金曜日に小雨の中を訪問・見学してきたという次第。

◆近代数寄屋建築風の総ヒノキ造りの新館は、新築独特の木と畳の香りが優しく鼻腔に届く。全体にシンプルですっきりした造作は自然の明るさをふんだんに取り入れ、日本建築の粋をいかんなく発揮し、広大な庭園とよく調和している。落ち着いた応接間、広い食堂、愛用した書斎があって、さらに金の間(居間)、銀の間(寝室)からの眺望もすばらしい。船の形をした檜造りの風呂桶は西洋風バスタブをイメージしたものか。

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2階書斎からサンルームを見る。                広い食堂

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  2階書斎                    2階浴室 檜造りのバスタブ

◆庭園の一角に「七賢堂」がある。元々、明治36年に伊藤博文が、維新の元勲のうち岩倉具視大久保利通三条実美木戸孝允の4人を祀った「四賢堂」を自身の大磯の邸宅「滄浪閣」に建てたものだった。伊藤博文の死後、婦人が伊藤を加えて、「五賢堂」とした。昭和35年に吉田茂邸に移設され、37年に吉田茂が西園寺公望を合祀した。吉田の死後、昭和43年に佐藤栄作が吉田茂を合祀して、「七賢堂」と改めた。正面の扁額「七賢堂」の文字は佐藤栄作が揮毫したもの。
兜門やサンルームとともに焼失を免れ、旧吉田邸の歴史を感じさせる貴重な建築物となっている。美しい日本庭園は、海外赴任生活が長かった吉田茂の嗜好の多様性の現れであり、バラ園、洋風樹木など様式に捉われない構成で、特徴が色濃く反映されている。

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七賢堂

Dscf2172 吉田茂銅像:昭和58年建立。日米講和条約の地、サンフランシスコと首都ワシントンの方角に顔を向けていると言われている。銅像付近からの眺望はよく、富士山、伊豆半島、箱根、相模湾、房総半島、三浦半島などが一望できる。

(この点だけは我が家と同じか)

2017年5月31日 (水)

核・ミサイル攻撃を防ぐ妙案

北朝鮮が3週連続で、ミサイルを日本海に向けて発射した。日本政府は例によって厳重な抗議をするとともに、制裁強化のため関係国と調整を図る。北朝鮮にとっては「どこ吹く風」とばかり屁とも思わない。逆に日本が世界に向けて騒げば騒ぐほど、「標的は在日米軍基地に留まらず、全土に拡大するぞ」と脅しをかける始末。
そこで核とミサイルの開発と実験を止めさせる妙案を考えた。


①【自爆誘導作戦】 誘導ミサイルはGPSを利用して、搭載したCPに予め標的に向かう情報をインプットする。そこで発射前にそのCPに向かってサイバー攻撃をかける。進路を変更して、発射地点に戻り、そこで爆発するようにプログラムを書き換える。また発射基地のシステム全体にサイバー攻撃をかけ、混乱させる。北朝鮮は発射実験をすればするほど結局自殺行為となり、大打撃を受けることになる。そこで北は開発・実験を中止することとなり、メデタシ、メデタシと相成る。
この作戦の難点は、サイバー攻撃要員と北の情報収集するためのスパイの養成が必要となり、日本独自では時間が掛かりすぎるという欠点がある。


②【西部劇風決闘作戦】 北朝鮮は迎撃ミサイルの実験も行い、成功したと吹聴した。そこでアメリカはその技術を褒めて、どのくらいのものか試してみようと持ち掛ける。西部劇では背中合わせから10数えて歩き、振り返りざま発射するというシーンをよく見かけるが、それにあやかって予めルールを決める。日時を決めて同時にミサイルを発射する。標的は太平洋の真ん中として人への影響がないところが良い。
攻撃ミサイルの発射後、今度は互いのミサイルを迎撃するミサイルを発射する。迎撃ミサイルで撃ち落とされた方が負け。北が勝てば「核・ミサイル保有国」と認め、仲間入りさせる。負ければ核とミサイルを放棄し、今後一切開発しないと約束させる。その代り、国際協調で食料・経済援助を約束する。これで四方すべてが丸く収まる。メデタシ、メデタシ。ちょっと、マンガティック過ぎるかな?(笑い)

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2017年5月30日 (火)

日本を取り囲む3恐国と獅子身中の虫(下)

【日本に巣食う獅子身中の虫】
◆前回、日本は「スパイ天国」と言われるほど、スパイに関して寛容な国であることに若干触れた。そのことに関連するように国際犯罪が日本国内で堂々と展開される。福岡で発生した金の密貿易もその一環だ。組織犯罪に対する取り組みの甘さ、捜査態勢・法整備の不備等があって、現実に追いついていない。
一方、主に野党・左派系政党と一部の左派色が強いメディアの中に、権力の横暴、独断専行を許さないと標榜するあまり、独りよがりに陥っている勢力がいる。もちろん行き過ぎをチェックし、是正する正しい批判勢力が必要であることは言うまでもない。


◆しかし、批判のための批判に終始して、国家を貶めることが目的のように正義の仮面を被った勢力はマイナスにこそなれ、プラスには働かない。そうした勢力に踊らされる無辜(むこ)の民がいることも事実。「集団的自衛権反対!」、「安保関連法案反対!」、「テロ等準備罪反対!」、「憲法改正反対!」等々。ことさら負の面ばかり歪曲して取り上げ、国民に不安感を植え付けようとするが、法案が通ってしまえば何事もなかったかのようにケロっと忘れてしまう連中だ。

◆この体質は朝日新聞慰安婦問題の報道姿勢に顕著に表れている。ことの発端は1983年に発行された吉田清治なる人物の「私の戦争犯罪」だった。実証史学の専門家「秦郁彦」氏が現地調査をして多くの関係者の証言を集めたうえ、著者や出版社に問い合わせると「あれは小説ですよ」という回答だったと言う。著者は長年の学問的研究から典型的な詐欺話だと直感していたが、それが裏付けされた形となった。現地新聞の女性記者によると「日本人はなぜこんな作り話を書くのでしょうか」と責められたという。朝日新聞はこうした詐欺師の詐術に乗っかって、すでに解決していた問題に火をつけてしまった

◆爾来25年、国際問題に発展、いいように韓国に利用され、いまだに日韓外交問題に苦しめられている。朝日は一度は仕方なく「誤報であった」ことを認めたが、日本の将来のことより自社のスクープが優先、沖縄サンゴ礁損傷事件も自社の記者の自作自演の偽スクープ事件だった。権力に立ち向かう正義の味方のような仮面を被って、結果的に日本に取り返しのつかないダメージを与えてしまうこの体質は一体何なのか。これを獅子身中の虫と言わずして何というべきか。(終り)

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2017年5月29日 (月)

日本を取り囲む3恐国と獅子身中の虫(中)

スパイの暗躍】 
アメリカも含めて、中国ロシア北朝鮮などの謀略国家に共通なのはスパイの暗躍だ。中国でスパイ活動を行い、米中央情報局(CIA)に情報を提供していた協力者のうち、少なくとも12人が2010~12年の間に中国当局によって殺害されたという。米国のスパイ網が壊滅的な打撃を受けたそうだが、その要因として中国当局に内通する「二重スパイ」の疑いが浮上し、CIAFBIが共同で調査に当たっているという。
一方中国の方は、アメリカのこうした動きに対し、「中国のスパイ防止活動の素晴しい成果をを称え、最高の境地に達した」と自画自賛。「中国の国家安全機関は法律に基づき、中国の安全と利益を脅かす組織と人員への調査と処罰を行っている」と述べた。


【日本もとばっちり】
日本にとって、これらスパイ活動は他人事とばかり言ってはいられない。今年3月下旬、中国のリゾート開発地域で、温泉開発調査をしていた日本人社員が拘束された。中国現地企業の依頼に基づくもので、山東省と海南省で計6人の技術者が中国当局に拘留された。容疑は「国家の安全に危害を加える行為」を行ったというもの。近くに軍事施設があったというが、もちろん濡れ絹であることは言うまでもない。問題なのは3月26日、28日に拘束され、日本の新聞が報じたのは5月23日、しかも社会面の片隅だった。3月下旬に連絡が取れなくなり、日本の政府職員が拘束された社員たちと面会したのが4月上旬だった。新聞報道は事件発生から実に2カ月近く経っていた。


◆どうしてこんなに時間がかかるのか。人質外交が中国の常套手段とはいえ、中国のために、中国の依頼に基づき、技術を提供し、仕事をしている罪もない日本人を拘束するとは許されるものではない。自国がスパイ大国であるから、他国も同類項だと思うのだろう。現在でも6人の日本人は拘置されたままになっているという。日本政府もメディアも国際社会に向けてもっと声を大にして不法な行為を問題にすべきだ。

◆日本人の生命と財産を保護するのが政府の役目とするならば、あまりにも弱腰で無策と言えよう。報復を恐れて遠慮しているのか。それとも事を大きくしたくないから、収まるまでじっと我慢しているのか。いずれにしろ中国という国は外国人にとってリスクが大きすぎる。身の安全を保障しないのであれば、いくら招致といっても簡単に渡航すべきではない。
また、敢えて日本にスパイ組織を作る必要はないだろうが、日本は「スパイ天国」と言われるほどユルユルの国だ。せめて、常日頃からにスパイ活動の監視は必要だろう。(続く)

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2017年5月26日 (金)

日本を取り囲む3恐国と獅子身中の虫(上)

日本は権謀術数の大国ロシア覇権主義に猛進する中国、そして核とミサイルが全てと妄信する狂国北朝鮮という常識と良識の範疇を超えた3つの怖国に囲まれている。誰が指導者になっても難しい舵取りを迫られる。そしてもう一つのの懸念は国内に巣食う獅子身中の虫の存在だ。

【ロシアの場合】 強権ロシアのプーチンは共産主義を捨てて、一見西側に友好的な素振りを見せながら、本質的には共産主義のDNAを引き継ぎ、独裁体制を強化。自分に逆らうものは不思議なことにいつの間にか消えてなくなる。領土問題ではクリミア半島などかつての領土の奪還に関しては、国際社会の猛反発をものともせず強行、バルト3国にも食指を伸ばす。日本には北方領土の返還という餌をチラつかせ、経済的利益だけを懐に入れようとする。今後もニンジン作戦続け、得るものだけを得ようとするだろう。さらにトランプ米大統領のロシアゲート疑惑で生殺与奪の力を握る。

【北朝鮮の場合】 世間知らずの若い3代目は国民の暮らしより、核とミサイルの開発・強化に明け暮れ、中・ロを天秤にかけながら、世界の経済制裁をものともしない。今や米国を射程に入れるミサイルの実験に成功したと見られている。また世界中をサイバー攻撃の標的にして混乱させ、恫喝外交をもって対韓・対日外交に臨むだろう。しかし、北朝鮮の弱みは経済にある。いずれ無理の積み重ねが、何かをきっかけに崩壊する可能性は十分に考えられる。それまで暴発させないように注意深く見守っていくしかないだろう。

【中国の場合】 最もいやらしい国が中国だ。いかにも世界経済に貢献するように見せかけ、その実、中国中心の「一帯一路」構想をぶち上げた。インフラ整備を餌に開発途上国に援助をもちかけ、借金が返済できないような状況に追い込んでは、100年単位で借り上げる。自然破壊、地域経済の崩壊、チャイナタウン化、軍事拠点化、いわば「中国による中国のための植民地化政策」である。もともと中国の本質と言える「覇権主義」が復活し、「新しい世界の盟主は中国である」と宣言しているようなもの。ここまで肥大化するともう簡単には潰れる心配はなくなり、外に向かって自国に都合の良い市場の拡大と軍備拡張に邁進するだけ。最初に甘い餌に飛びついた弱小国は、気が付いたときには毒が体内に回ってしまっている。(続く)

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2017年5月23日 (火)

テロ等準備罪を巡る国会議論にもの申す。

組織犯罪処罰法改正案(いわゆる「テロ等準備罪法案」、野党が言う「共謀罪法案」)の国会審議を巡り、すったもんだしている。なぜ日本という国はいつもこうなるのか?

【野党や一部の識者、日弁連、メディア等が問題にしている点】
「犯罪行為はすでにやってしまったことに対して処罰するのが原則であり、この法案は現行法体系を大きく損なう。テロ対策については現行国内法で十分に手当されており、新たな法律は必要ない。
与党や賛成派は国際組織犯罪防止条約を締結するために、この法案を必要とするが、この法案がなくても条約の締結は可能だ。
乱用の危険性があり、一般人や市民団体、労働組合が処罰対象になる可能性がある。犯罪の実行前に合意したかどうかを判断するのは難しく、捜査機関の恣意的な判断の余地がある。
メール等のネット上のコミュニケーションが捜査機関の監視下に晒されるのではないか。


いずれも、もっともらしい言い分だ。戦前の治安維持法の負のイメージをことさら引きずっているように見える。そうした上で「何故、今急いでやるのか?」と指摘する向きもある。しかし、私に言わせれば「何故、今までやらなかったのか?」と言いたい。

◆1995年に狙撃された国松元警察庁長官が先日の新聞で述べていた。「この法律があればオウム真理教事件を未然に防げたかもしれない」と。あるいは「よど号ハイジャック事件」、「組織暴力団抗争事件」等然り。いずれも善良な一般市民が巻き添えにならなくても済んだかもしれないのだ。この法律の問題は「一般人が監視され、巻き添えになる恐れがあり、怖い社会になる」と、いわゆる知識人と称される人達が吹聴しているところにある。

◆果たしてそうだろうか。警察はすべての一般人を監視するほど、暇を持て余しているのか。第一、すべての一般人を監視するために警察官は何人必要か。一般人を監視することが、国家権力者達にとって何の得があるだろうか。ここは中国やロシアとは違う民主国家日本だ。権力者が誤ったことをやれば、選挙という手段で首にすることができる国ではないか。

◆集団で犯罪を計画し、実行に移して一般人が犠牲になるとするならば、こんな不幸なことはない。そうしたことを未然に防いで犯人グループを検挙することができれば、この法律の存在意義は大きい。政府はテロ対策などの国際協力を定めた「国際組織犯罪防止条約」の締結には、この新たな「テロ等準備罪法案」が必要だとする。仮にこの法案が野党の反対で成立できず、日本にも関わりのある犯罪が起きた場合、「条約を締結できなかったので、協力できなかった」では、国際社会はどう見るだろうか。この法律の乱用の危険性を指摘する向きもある。しかし、国家と国民は互いの信頼関係で成り立つ。信頼がなくなれば終わりだ。この法案がどうしても怖いという人は、犯罪のない善意ばかりの人が住むユートピアに行くしかないだろう。

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